… … …(記事全文4,799文字)●カルメン・マキとは
カルメン・マキというミュージシャンをご存知だろうか。1962年9月にリリースされたデビューシングル「時には母のない子のように」が、累計売上枚数100万枚を超える大ヒットを記録した。しかし、ヒットチャートでは1位になれず2位止まりだった。それを阻んだのは、由紀さおりの「夜明けのスキャット」である。以降も7枚のシングルと3枚のアルバムをリリースし、「山羊にひかれて」や「私が死んでも」、「戦争は知らない」などの曲がヒットした。その時、彼女は17歳であるので、知っているのは、相当年配の方だと思う。
1972年ロックへと転向し、「カルメン・マキ&OZ」を結成した。1975年1月にリリースしたファーストアルバム「カルメン・マキ&OZ」が、10万枚以上の売上げとなり、当時のロックアルバムとして画期的なこととして知られる。その後、海外でのパフォーマンスを行い、1977年に解散。一時的な休止を経て復帰、さまざまなミュージシャンとコラボ、多くのアルバム制作、ライブなどを精力的に行い現在に至る。
カルメン・マキ オフィシャルサイト
●ユニット「MERKMAL3」が柏崎へやって来る
前置きが長くなってしまった。そのカルメン・マキ(vo、鳴り物)が丹波博幸(g、vo)及び森下寿一(pf、vo)とユニットを結成。名称は「MERKMAL(メルクマール;目印、指標)3」である。そして、ライブハウスを中心に全国を、それも新潟を皮切りに回るという。メンバーの一人である森下さんは、春と秋の年2回、私の同級生が住職を務める寺でライブを行っている。そのゆかりで、「新潟では3カ所でのライブを予定しているが、スタートを柏崎にしたい」との打診があった。6月上旬のことだ。そして、「マキさんのギャラとの関係から最低で50人の客を集めたい」という難題が付いてきた。日時は、9月26日19:00開演、ミュージックチャージは5000円ということだった。軽い気持ちで引き受けてしまったのだが。
森下さんのライブは、私と寺の住職、中学校の同級生2人の4人でプロモーターまがいのことをやり、こぢんまりとしたものだ。しかし、50人集客するとなると、音楽プロモーターの領域により近づいてしまう。まず、会場をどうするかという問題がある。市内にはライブハウスはあるが、20人収容が限度である。かと言って、市民会館の小ホールといった施設は大き過ぎるうえ、飲食ができない。
●ライブの場所が見つかった
頭を抱えている中、住職が情報をキャッチしてきた。市内で、50人程度のジャズライブをやったというのだ。早速伝手を頼り、住職とともにその店を訪れた。入るとそこは食堂だった。朝食、昼食、夕食を提供している。ここでやるのかと落胆していると、店のママ(店主)が曇りガラスの仕切りドアをガラガラと開けてくれた。すると、食堂よりも広い板張りのスペースが現れた。そこには、グランドピアノ、ドラムセット、電子ピアノが置いてあった。ママによれば、仕切りを開放し、ジャズ、演歌のライブやカラオケ大会、ダンスレッスンなど様々なイベントをやっているとのことだ。
●お店のママが提示した条件とは
収容人員は、最大で60人、ジャズライブの時は、バイキング形式で食事を提供したので、同じようにやってくれるのが条件とママ。「ロックで人が集まるかね。うちでは、やったことないから」と訊かれたので、「ピアノ、アコースティックギターと歌なので、うるさいとは取られないと思いますよ」と回答した。ママは、私たちと同世代で、もともとライブを目的で開いた店を前オーナーから居抜きで借りて営業しているのだという。
ママの提示した条件は、一人当たり2000円のバイキングで50人分を支払うこと。アルコールは、別料金で1ドリンクがワンコイン500円、場所の使用料は1時間1000円、椅子等の備品は好きなように動かして良いが、原状回復すること、あとは好きなようにやってくれという破格のものだった。森下さんに連絡した後、即決した。あとは、PAさんの日程を押さえた。
●集客活動の開始
場所が決まってほっと一息ついた。大きな課題だったからだ。こんな田舎で適当な店を探すのは一苦労である。ライブの予約は、住職の電話またはメールに一本化した。「一気に20人とか申し込んでくる人には冷やかしが多いので、必ず名前と住所を一人ひとり確認してください」と森下さん。「田舎ではそれはないと思いますよ」と切り返した。
数週間後、ポスターとチラシが送られて来た。新潟県では、柏崎市の他、新潟市のライブハウス2カ所計3カ所でライブを行うのだが、ポスター、チラシとも共通のものになっていた。しかし、柏崎市の連絡先を示すQRコードが抜けていた。印刷ミスだったが、QRコードを貼付することで対応した。
●カルーセル麻紀なら知っている
ポスター、チラシ、そしてソーシャルメディアによる宣伝をすれば、どんどん予約が入ってくるわけではない。知り合いなどに声をかけても、カルメン・マキのことを知らない人がほとんどだ。ミリオン・ヒットを出した人なのに。これが演歌ならまた状況は変わるのだろうが。「カルーセル麻紀なら知っている」これがほとんどだ。私の世代がギリギリで、相当コアなファンでなければ、知らないのだろう。若い人たちは全く知らない。また、「葛城ユキ(故人)」と言う人もいた。それでなくとも人口が少ない土地なのにどうやって集客するのか不安になってきた。
身内や顔馴染みを数えても20人程度である。中には熱狂的なカルメン・マキファンもいるが、数は少ない。だが、京都から予約があった時は、さすがに感動した。ディスカウントしてもいいくらいに。ミュージックチャージ5000円、バイキング2000円、合計7000円が高いのか。他は1ドリンク付きの5000円だ。一見すると高いが、夕食付ならそうでもないのでは、などと思案するばかりだ。
●「新潟市内はSOLD OUT」のプレッシャー
