~債務の罠・永世中立国トルクメニスタン~ 中央アジア5カ国の一つにトルクメニスタンがあります。 中央アジアといえば、カザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、キルギス、トルクメニスタンの5カ国です。国名の後ろに付けられる地名接尾辞の「スタン」は「○○人の土地」を意味するペルシア語です。5カ国の中でペルシア系民族が多数を占めるのはタジキスタンだけであり、他の4カ国はトルコ系民族が多いにもかかわらず、「ペルシア語」の地名接尾辞が付けられているのが面白いです。 さて、トルクメニスタンといえば、かつてはソビエト連邦を構成する国でした。1991年12月のソビエト崩壊によって独立、そして1995年には永世中立国となりました。この時、国連総会にて185カ国から承認されて永世中立国となったこともあり、スイスやオーストリアの永世中立国とは少し性格が異なります。 トルクメニスタンの独立後のあゆみと経済については、YouTube「みやじまんちゃんねる」にてまとめてありますので、お時間あるときにでもご覧ください。 ▼【5分くらいでわかる地理】 トルクメニスタン「独裁国家からの脱却! トルクメニスタン独立後のあゆみと経済を解説!」【中央アジア】#046 https://youtu.be/WdVEBO9V8bg ■トルクメニスタンの経済 トルクメニスタンの国土面積は48.8万km2と、日本よりも大きい国土を有していますが、人口は603.1万人(2020年)と少なく、国内市場が小さい国です。 主産業は農業と鉱業で、やはり灌漑による綿花栽培が有名です。トルクメニスタンは北隣のウズベキスタン同様、アムダリア川の河川水を利用した灌漑農業を行っています。 アムダリア川はアラル海へ流れ込む河川であるため、過度な灌漑農業はアラル海の急激な縮小を招きました。 ▼【5分くらいでわかる地理】ウズベキスタン「『砂漠に緑を!』、社会主義の歪んだ考えが生んだアラル海の悲劇。しかし縮小したアラル海を遺産として活用するウズベキスタン!」【中央アジア】#039 https://youtu.be/6xGfczOwnTM 他には、原油や天然ガスの埋蔵量が多い国であり、特に天然ガスの埋蔵量は世界4位となっています。トルクメニスタン経済はこうした綿花やエネルギー輸出で成り立っていて、輸出品目をみると、「原材料と燃料」が91.3%を占めています(2018年)。内訳としては天然ガス(49.7%)、石油製品(20.5%)、原油(9.7%)、綿花(9.3%)、繊維と織物(4.1%)となっています。 最大輸出国は中国で、全輸出額に占める対中輸出額の割合は85.1%、以下、トルコ2.7%、ジョージア1.8%、ロシア1.6%、ウクライナ1.5%となっています。 つまり、今や「世界の工場」となった中国に対し、その原燃料である原油や天然ガス、そして綿花の輸出を進めていることが見てとれます。 ■トルクメニスタンと中国 トルクメニスタンから中国へのエネルギー輸出は、パイプラインを利用して行われています。このパイプラインは北隣のウズベキスタン、さらに北に位置するカザフスタンを経由して中国へと結ばれます。 トルクメニスタン同様に、ウズベキスタン、カザフスタンもエネルギー輸出が盛んな国であり、効率良く3カ国のエネルギーを中国へ輸出していると考えれば分かりやすいです これらの国に眠るエネルギー資源は、ソビエト連邦時代には、ソ連で最も影響力を有していたロシアの管理下にあったわけで、3カ国は独自のエネルギー外交による経済成長を目指してきたと考えられます。トルクメニスタンは、こうしたロシアからの影響力を排除する目的もあって、永世中立国を目指したといわれています。 さて、このパイプラインは中国のどこに接続されるでしょうか??? 頭の中に世界地図が描ける人は、こういうときにすぐ「あっ!?」と理解できるわけです。描けなくても、すぐに地図上で確認するといった姿勢が大事です。 もうおわかりと思いますが、中国での接続先は、新疆ウイグル自治区です。 2007年にパイプラインの建設計画が合意され、2009年12月にパイプラインの全線が開通しました。この時の建設費用やガス田の開発などに必要な費用は、中国からおよそ80億ドルで「融資」されたと報道されました。 トルクメニスタン南東部にある、ガルキニシュ(Galkynysh)ガス田は世界第2位の埋蔵量を誇り、2006年に発見された比較的新しいガス田です。年間でおよそ400億立方メートルの天然ガスが中国へと輸出されています。 時を同じくして、2006年12月にはトルクメニスタン初代大統領・サパルムラト・ニヤゾフが急逝します。1991年の独立から15年もの長きにわたって大統領の座にいた人物です。ニヤゾフは個人崇拝の徹底を促し、「我こそは、トルクメン人の長である!」と自称するほどの人物でした。ニヤゾフの急逝後、国家体制の変化が「機を見るに敏」であるとばかりに、中国がトルクメニスタンとの天然ガス売買の契約を取り付けます。2007年7月のことでした。期間は35年間の輸出契約を結びました。 これに焦ったのがロシアでした。それまでのトルクメニスタンはロシアへの天然ガス輸出を進めていましたが、ガラリ一変、対中輸出を進めることとなったわけです。そして偶然にも(?)、トルクメニスタンからロシア向けに伸びるパイプラインが突如大爆発を起こしました。2008年から2009年にかけて、名目GDPが一時的に減少しました。 中国が掲げている「一帯一路」構想の一帯とは、中国西部から中央アジアを経由してヨーロッパへと続く「シルクロード経済ベルト」を指しています。中国国家主席、習近平が「一帯一路」構想を公の場で提唱したのは2013年のことです。にもかかわらず中国は、トルクメニスタンと中国を結ぶガスパイプラインの建設を「一帯一路構想の成果である!」と嘯いています。時系列がおかしいだけでなく、「一帯一路」の協力文書にトルクメニスタンの署名すらないのですがね……。 このパイプラインの建設、そして天然ガスの輸出が拡大したことによって、トルクメニスタン経済が上向いたことは間違いありません。 トルクメニスタンの名目GDPを観ると、21世紀に入ってから順調に経済成長をしていましたが、2009年からさらに経済成長に拍車がかかったことが見てとれます。 パイプラインが稼働する前後の、トルクメニスタンの天然ガス輸出量を対ロシアと対中国をまとめると、対ロシアは2008年に423億立方メートルから2012年に99億立方メートルと急減しているのに対し、対中国は2008年には輸出がありませんでしたが、2012年には213億立方メートルと急増しました。 ■トルクメニスタンはさらに中国依存を強めていくのか??? トルクメニスタンは、確かに中国依存を高めてきたのですが、「もうこれで安泰じゃ」とはなっていないようです。というのも、豊富なエネルギー資源を多方面へと輸出しようとしています。 そもそもトルクメニスタンの南側にはアルプス=ヒマラヤ造山帯が横断しており、褶曲構造をもつ地層が広がるため、原油や天然ガスの埋蔵量が多いわけです。となれば、周辺諸国も同様であり、カスピ海の対岸にはアゼルバイジャンが位置し、ここにはカフカス山脈が存在します。 カフカス山脈の北側に位置する、ロシア領チェチェン共和国は豊富な原油を背景に経済的な自立を目指しています。もちろん、チェチェン人はイスラームを信仰する人たちであることもあり、ロシア人との民族の違いを意識する、「生理的な独立志向」があることは言うまでもありません。 話はさておき、トルクメニスタンはアゼルバイジャンとの間で、カスピ海の海底油田・ガス田の共同開発を進めることで合意しています。2021年1月のことです。 ▼天然ガスを売りたい国(2021年2月17日付け東京新聞より) https://www.tokyo-np.co.jp/article/86443 またアフガニスタンを経由してインドやパキスタンへ天然ガスを供給するパイプラインの建設計画もあるようです。つまり、「中国の両足を乗せる経済状態」は中国に足下を見られる危険性が非常に高く、それがいかに国家にとって不利益となるかを考えて、輸出先の分散化を図っていると考えられます。実に賢いやり方です。 さすが永世中立国を目指しただけのことはあります。 中国からしてみれば、 ・広大な国土の割には人口が少なく国内需要が小さいから、輸出余力がある中央アジアからの天然ガスの供給で、我々の需要を賄おう! ・そのために投資という名の融資をしよう ・新疆ウイグル自治区は共産党の厳重な管理下に置いておく必要がある ということなのでしょう。 トルクメニスタンは順調に経済成長を遂げていることもあり、今のところ「債務の罠」に陥った形跡はみられません。いつの時代も土地と資源を有する国は強いです。 なぜならば、経済とは「土地と資源の奪い合いで描かれる」ものですから。 (終わり)
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宮路秀作(地理講師&コラムニスト)
