… … …(記事全文8,322文字)「大阪市廃止」という言葉を使わず、「再編」「発展」「編成」などの表現を使うよう大阪市議会に求めた陳情書をめぐり、思わぬ事実が次々と明らかになっている。
最初に明らかになったのは、同じ趣旨の陳情書を大阪維新の会所属の府議の秘書が提出していたことだった。その陳情書は、「大阪市を廃止する」といった表現は一面的で誤解を招きかねないとして、「再編・発展」という表現を使うよう求める内容だった。ところが、この秘書は陳情書を提出したものの、審議の直前になって取り下げた。しかも、その府議は現在、大阪市廃止・特別区設置構想(いわゆる大阪都構想)の制度設計を担う法定協議会のメンバーでもある。
さらに、その後、実際に大阪市議会で採択された別の陳情書についても、提出者の中に日本維新の会所属の国会議員の秘書3人が含まれていたことが判明した。報道によれば、この秘書らは締め切り間際に公設秘書から頼まれて署名した、細かな文面までは見ずに応じた、などと説明している。
ここで問題になるのが、「秘書も市民なのだから、陳情を出すことに何の問題もない」という反論である。確かに、秘書も市民である。秘書だから政治的な意見を持ってはいけないわけでもない。陳情書を提出すること自体が違法だという話でもない。だが、この一言だけでは今回の問題の核心を到底説明できない。
問われているのは、陳情書を提出すること自体の適格性や違法性だけではないのだ。誰が、どのような立場で、どのような政治的テーマについて、どのような経緯で陳情書を作り、提出したのか。そして、それが議会に「市民の声」としてどのような影響を与えたのか、という提出資格の問題である。
「秘書も市民」だけでは答えにならない
まず、国会議員や地方議員の秘書だからといって、私人として政治的な意見を表明してはいけないということはない。秘書にも思想・信条があり、政治的活動の自由がある。大阪市議会も、陳情について「議員の紹介は必要ありません」と説明している。陳情は、市政についての意見や要望を市議会に提出する制度であり、審査のうえ採択されれば、市長などに送付される。したがって、「維新議員の秘書が陳情を出した」、だから「違法だ」という短絡的なことにはならない。けれど、だからといって「秘書も市民なのだから問題ない」と結論づけることもできない。政治においては、「誰が言ったのか」という外形そのものに意味があるからだ。
たとえば、ある政党の議員秘書が、その政党の重要政策について、党の主張とほぼ同じ内容の陳情書を市議会に提出したとする。その人物には個人としての政治的自由がある。ただ一方で、その人物が一般の市民とは異なる政治的かつ職務的立場にいることも事実である。
秘書は日常的に政治家の仕事を補佐し、政治家の政策や主張に接している。公設秘書であれば、国会議員の職務を補佐するための公的制度に基づく職である。だからこそ、個人としての政治活動と政治家のスタッフとしての活動の境界が問題になるのだ。

購読するとすべてのコメントが読み放題!
購読申込はこちら
購読中の方は、こちらからログイン