… … …(記事全文2,633文字)最近の子はマッチを知らないという話を聞いて、耳を疑ったのですが、どうやら事実のようです。知らないというより使ったことがないというのが実情のようですが、たんにマッチと聞くと清涼飲料水を思い浮かべるのが平成生まれなのかも知れないです。
最近の調査ではマッチで火をつけることができる小学生は18.1%、
できないが22.0%、
「やらせたことがない」が68.8%なんだそうです。
言われてみれば、筆者のマッチデビューは小学生の時の花火と理科の燃焼実験。
筆者もあまりマッチと縁がないかも知れないです。家にあるのはチャッカマンでマッチは探してもたぶんないと思います。お墓参りもチャッカマンです。
さて、日本のマッチ生産の歴史は明治時代にフランス留学から技術を持ち帰った清水誠が国産化に成功。
その後、兵庫県で作られたマッチはクオリティが高く、かつてはスウェーデン、アメリカと並び世界三大生産国の一つに数えられるほど世界中に輸出されていました。今でも兵庫県は日本のマッチ生産の約9割を占めています。
かつて生活必需品だったマッチですが。国内生産量は激減しています。
昭和40年代に広告用マッチが全盛期を迎えて昭和48年に製造ピークを迎えますが、昭和50年代になって、使い捨てライターや、ガスコンロなど調理器具、暖房器具の自動着火装置が普及したことでマッチ全体の出荷量は昭和49年からはほぼ一貫して減少するようになりました。
ちなみにマッチの数量単位はマッチトンで、並型マッチ(約40本入り)だと7200箱、
※並型マッチ
寸二型マッチ(平型・並型の半分の厚み)だと15000箱が1マッチトンになるらしいです。
※寸二型マッチ
マッチの生産量は平成元年に10万マッチトン、平成18年に2万マッチトンを切り、現在は7000マッチトン程度だといわれています。
喫煙者がいなくなったことも生産量減少の一因になっているそうです。
かつて日本のマッチ製造販売最大手だった兼松日産農林は2017年にマッチ事業から撤退しています。兼松日産農林(現・兼松サステック)は資本金33億円の企業なので、赤字でも歴史のあるマッチ事業を続けるつもりだったのですが、マッチの製造機械のメーカーがなくなりメンテナンス不可ということで撤退するそうです。工業の衰退というのは残念ですが、こういう切り口が多いんですね。後継者不足なんかもそう。
同社の登録商標「桃」、「燕」、「象」の商標マッチは、現在の業界最大手「日東社」が引き継いでいます。現在日本産マッチの7割以上は日東社が製造しています。
あまり知られてない話だと思いますが、イギリスの薬剤師ジョン・ウォーカーが最初の実用的な摩擦マッチを販売したのが1827年ですが、現在のライターの原型になるものが発明されたのが1823年でマッチより4年早く発明されています。
1823年にドイツの化学者ヨハン・ヴォルフガング・デーベライナーが世界初の卓上式ライター「デーベライナーのランプ」を発明しました。





