日本共産党が、南京大虐殺の日である12月13日に北京五輪ボイコット要求の声明を発表した件、ネット上ではほとんど議論がない。反応は右翼からの歓迎コメントばかりで、反対意見らしきものが見られない。事件になっていない。事件になっていないけれど、私は重大事件の発生だと思うので、前稿に引き続いて批評を加えたい。今回の件は、単に、リベラルデモクラシーの価値観に旋回した日本の左翼政党による中国叩きというだけの意味に止まらず、もっと深く、歴史認識に触れる根本的な過誤と罪悪だと私は思う。 リベラルデモクラシーの臨界を超えて、右翼の地平に到達する思想的変節であり、戦争に向かわせる確信犯的挑発だ。中国がいま一番やって欲しくないことを、中国で最も神聖な追悼の日を狙うようにして一撃した。安倍晋三の731機搭乗の見せびらかしに匹敵する、あるまじき窮極の嫌がらせ行為である。日本共産党と志位和夫が、12月13日が何の日であるか知らないはずがない。忘失だとか迂闊だとかは考えられない。そんな子供だましの言い訳は通用しない。ボイコット要求声明は他の日でもよかったのに、意図的に効果と影響を計算して13日を選んでいる。 この行為が何を意味するかというと、すなわち、84年前の12月13日に起きた歴史の否定である。この日の悲劇的意義を軽視しているから、良心の呵責なく妄動が可能なのだ。こんな暴挙ができるのは、幸福実現党か日本第一党しか思いつかない。維新でもここまでは無理だろう。喩えて言えば、沖縄で慰霊の日の式典が厳粛に催行されている6月23日に、右翼政党が、辺野古基地建設が遅すぎるから政府は工事を急げと要求する声明を発表するのと同じである。遺骨を含んだ土砂など構わず使えと発破をかけるのと同じだ。今回の日本共産党の行為の真相を解剖すれば、明らかに、南京大虐殺の歴史認識を変えたという作為が突き止められる。 そうとしか考察しようがない。この政治決定がなされた理由と論理を考えれば、日本共産党が南京大虐殺の歴史認識を変えたという分析にしか行き着かない。つまり、日本共産党も極右諸派や日本会議と同じく、南京大虐殺は幻であるという歴史認識に立ったという意味だ。そうでなければ、13日にあの声明を発する正義は成り立たない。行為を正当化する思想的立地はない。この日の意義を無視し、倫理的反省心を滅殺しているから、堂々と声明を発信できるのだ。… … …(記事全文3,817文字)
