… … …(記事全文5,145文字)●私の家はどこ
北陸新幹線上越妙高駅に着いたものの、在来線はすべて運転を見合わせており、鉄道で帰宅するのは困難だった。車で駅まで来てくれた人は、「この辺は降っていないが、柏崎と長岡が大変なことになっている」と危機感むき出しで話した。そんな大変な状況で駅まで来てくれるのだから、もう頭が上がらない。言葉どおり柏崎市が近づくにつれ、雪が格段に増え、道路上も轍しか残っていない。北陸道を下り一般道の国道8号に入ったが、路面がデコボコで、車はすべてノロノロ運転を強いられていた。
国道8号に面している私の家の近くで降ろしてもらった。しかし、道路脇に積み上がった除雪の山で、家の入口がどこか確認できない。道の幅員は著しく狭く、歩くのは危険だ。この辺だろう、と雪の壁を駆け上がると、反対側の新雪の中に転げ落ちた。玄関まで降り積もった雪を脚でかき分け、進むしかなかった。本当に「かんじき」が必要なほどで、あればどれだけ助かったことだろう。
●とりあえず除雪
翌朝、何を置いても除雪が必要だった。車庫と道路を繋げるのに一苦労だった。この日は街宣車が福井へ行ったままなので、午前中はチラシを新聞折り込みにするため、指定された場所まで運搬した。今日持ち込んでも、折り込みは土曜日ということで、ぎりぎり間に合った。
午後は、長岡までドライバーさんを迎えに行き、それから福井からの街宣車を引き渡し場所である上越妙高駅へ向かった。福井でどれだけの成果があったのか分からない。しかし、比例単独の立候補者が街宣車に乗り、街頭演説を行う姿はあまり見ることはできない。北陸信越地区でもすれ違うのは、選挙区候補の車はもちろんだが、録音された音を流しながら走る政党の車のみだった。
●地元新潟で街宣 アナウンサーさんもいろいろ
久しぶりに自分の家で休むことができたので、少しは疲れが取れた。この日から地元新潟県である。まず長岡市と三条市を巡った。アナウンサーも連日交代でボランティアさんが努めてくれた。だが、皆素人である。一応車内にはアナウンスする雛形は用意してある。中には、自分でまとめたというアナウンス原稿を持参して、この内容でいいかと尋ねてくる熱心な人もいた。アナウンスもバリエーションに富んでおり、アニメの声優さんばりの人、絶叫・悲鳴タイプの人、抑揚のない人等々である。声優さんタイプの人には、語尾をあげる、例えば「〇〇しましょ!」というのは、「上から目線だ」と嫌う人がいるかもしれない。絶叫型は、悲惨すぎるという理由で再考を促したが、なかなか修正がきかないのが現実だった。
●他党街宣車と遭遇したとき
長岡の繁華街では、選挙区の街宣車と遭遇することが多かった。そういう場合は、アナウンスを譲ってくれと伝えてあるのだが、時に張り合ってしまう人もいた。「止めてください」どちらのアナウンスも聞こえなくなるので、と譲るようお願いした。
街頭演説も同様で、街宣スポットで先に演説している人がいた場合、関係者に「どのくらいかかりますか」と訊くことはしなかった。また、私が街頭演説をしているところに、他党の選挙区立候補者が現れ、待っているのを見た時は、自然と短めに切り上げる配慮をした。
●新潟市街宣
新潟市にはほとんど雪がないのが驚きだった。その分街宣車が止めやすく助かった。新潟駅万代口で街頭演説をしたが、やはり下を向いて歩く人が多かった。批判でも何でもいいから、声をかけてもらえるとありがたいのだが。チラシは受け取ってくれる人が多かった。車の中から手を振ってくれる人も昨年の参議院選挙の時と変わらず、少なからずいた。しかし、積雪はないものの天候が悪いため街を歩く人は圧倒的に少なかった。
