… … …(記事全文3,391文字)●母が特養へ入って8カ月
母が特別養護老人ホーム(特養)に入所して8カ月がたった。最初の頃に困ったのは、食事だ。「おいしくない」と言ってほとんど食べない。これは、その前の入院中も同様だった。面会は、1ないし2週間に1回行っている。今でも予約制で1週間前では難しく、遅くとも2週間前に連絡しないと面会日時を確保することができない状態である。その際、食べたい物を聞いても、「特にない」との答えが返ってくる。固い物は食べないため、自ずとプリン、水羊羹といった柔らかい物になってしまう。
まだ冬でもないのに寒いというので、ウールのカーディガンを持って行った。すると、「これは、洗えないので持ち帰ってください」と渡された。大量の衣類を大型の洗濯乾燥機で処理するのが想像できた。ウールを洗濯機に入れる人はそういないし、化繊のカーディガンでは、暖かくないと思ったが、施設の決まりだったので仕方なかった。
元気な頃、夢中になって観ていた韓国ドラマにも興味を示さず、毎日開いていたパソコンにも触ろうとしない。病気になってから日課だった塗り絵もしない。やることがないだろうと、あまり好きではないテレビを買い、イヤホンとともに部屋に設置するよう依頼した。私たち家族は部屋に入ることができないためである。しかし、テレビを観ているのかどうかは分からない。
●励ます父 無視する母
面会は、施設の玄関を入ったところにテーブルと椅子が置かれ、そのスペースで行う。母から話かけることは、まずなく、こちらから尋ねたことにかろうじて答える。稀に必要な物があると母から話す程度だ。そこへ、今年になってから父が加わるようになった。デイサービスの施設を母と同じ所へと変えたからである。父は、例の如く、「元気そうだね。顔色がずいぶん良くなったよ。大丈夫、大丈夫。一緒に100まで生きよう」と大声で話しかける。無論、母は聞いていない。私たちも父の場違いな声が響き渡るので迷惑する。「母のことより自分のことを心配しなよ」と注意するが、聞こえない。
●父は昼夜逆転
父は昼夜逆転が当たり前になっており、寝て起きると昼か夜かの判断が付かない。眠ってばかりいるため、今日が何日かも分からなくなっている。そして、何度も繰り返し「今日は何日だ」と尋ねる。私は1回しか答えない。弟はそういう状態が我慢できないのか、年月日、曜日が表示される卓上デジタル時計を買って来て、「これを見れば分かるでしょ」と「学習」させようとする。しかし、そんな努力も空しく、6:00と18:00の区別がつかないのだから、しょうがない。特養への入所待ちをしているのだが、まだ順番は巡ってこない。
それでも、弟は諦めがつかないのか、「18:00とは夕方のこと、6:00とは朝だよ」と怒鳴り声になっていた。叱られた後、デイサービスの迎えが来て、父を送り出した。小一時間して施設から電話があった。
●病院への呼び出し
施設の相談員が「心拍数が高いので、通院したいのですが、付き添いできますか」と尋ねてきた。私は、てっきり父のことと思い、「午前中ならなんとか」と答えた。「看護師ともう一度相談して、再度お電話します」と回答された。弟に、その旨電話すると、「俺が怒鳴り過ぎたせいかなあ」と心配する。その後、弟から電話があり、「おふくろのことだよ」と施設へ確認した結果を伝えてきた。
30分程たって電話がかかってきた。「通院しますので、10;00に病院へ来てください」と指示された。「先週から、心拍数が高く、今日は収まったのですが。それから、食事が満足に摂れていません。朝は8割食べましたが、副菜は食べませんでした。昼、夜はいつも食べません。水を飲まないので、点滴の必要があります」。そんなこと聞いていない、ということばかりだった。時間が迫っており病院へ急いだ。
病院では、すでに母と施設の看護師が来ており、私が着くなり「これから、CT検査をするので同意書にサインしてください」と言われた。その看護師の話だと、心拍数が高いこと、食事をほとんど摂らないこと、「とろみ剤」を使用しても食べないこと、水分が不足しているこなど電話の内容とは多少異なっていた。
「点滴しているので入院になります」と私が大嫌いな「なります」用法。「施設の方は通院とおっしゃっていましたが」と疑問を呈すると、「点滴は1回では済みません。入院になります。手続きは、あちらの方になります」。どうやら、この界隈では「通院」と「入院」とは同義のようだ。2年前は、精神科病棟だったが、今度は内科病棟への入院だった。
●医師の説明 嚥下機能の低下
