… … …(記事全文6,146文字)医療は人々を自らに依存させることで自己増殖してきた。インフルエンザなどが流行る季節になると、人々はメディアなどを通じてその脅威を意識させられる。医療は人々の不安な心理につけ込んで、「<万が一>に備えて<念のため>に受診することこそ、医学的に正しい」とする幻想を植え付けてきた。日本全体がコロナ騒ぎの罠に易々と飲み込まれてしまったのも、その幻想が多くの人々にすでに刷り込まれていたからだ。
その幻想に覆われているのは「感染症」の領域だけではない。「がん」「脳卒中」「心疾患」などの領域においても同様だ。「我々の暮らしは病気のリスクに満ちている。原因となる異常をいち早く見つけて、治療することができれば、深刻な病気にならずにすむ」──この思い込みを人々に植え付ける装置になってきたのが、「がん検診」および「健康診断」だ。
現在、国が対策型検診(集団全体の死亡率減少を目的とし、公共的な予防対策として行われる検診)として推奨しているのは、「胃がん(X線および内視鏡)」「肺がん(X線および喀痰細胞診)」「大腸がん(便潜血検査)」「乳がん(X線=マンモグラフィ)」「子宮頸がん(内診・細胞診)」の5つだ。多くの人は「発見率」が高ければよいと思い込んでいるが、それはがん検診の有効性評価として認められていない。あくまで、臨床試験によって「死亡率」が低下する証拠のあることが、推奨の根拠として必要とされている(国立がん研究センターがん対策研究所「【検診研究部】科学的根拠に基づくがん検診推進のページ」有効性評価とは/有効性評価の指標 |https://canscreen.ncc.go.jp/kangae/kangae.html)
「がんは早期発見して早期治療すれば克服できる」「早期発見のためにもがん検診を受けるべきだ」──一般の人たちだけでなく、医師の中にもそう思い込んでいる人が多い。しかし、エビデンスをきちんと知れば、多くの人が思っているほどメリットは大きくないことが分かる。たとえば、上記の5つのうち、もっとも推奨度の高い検診の一つが、大腸がんの便潜血検査だ(推奨グレードA)。この検査を定期的に受ければ、大腸がん死亡率がおよそ16%低下するというメタ解析(4件の信頼性の高い臨床試験のデータをまとめた研究)の結果がある。つまり、およそ6人に1人が死亡を免れることができるのだ(斎藤博他「大腸がん検診のエビデンスと今後の研究の展望」日本消化器病学会雑誌2014 年 111 巻 3 号 p. 453-463 https://www.jstage.jst.go.jp/article/nisshoshi/111/3/111_453/_article/-char/ja/)
ただし、注意が必要なのは、この「死亡率低下」が、あくまで「大腸がんの」死亡率であるということだ。実は、大腸がん検診によって、大腸がんの死亡率(疾患特異的死亡率)が下がっても、あらゆる原因による死亡率、すなわち「総死亡率」が低下する証拠はどこにもない。これが何を意味するのかと言えば、大腸がん検診を定期的に受けたとしても、「長生きにつながるとは限らない」ということだ(関沢洋一「第4回『がん検診は効果があるか?』独立行政法人経済産業研究所 2017年5月16日 https://www.rieti.go.jp/users/sekizawa-yoichi/serial/004.html)
むしろ、がん検診を受ければ、命が縮む可能性すらある。なぜそんなことがあり得るのか。それはがん検診によって発見される腫瘍の中には、その人の寿命まで命に関わらないものもあるからだ。多くの人は検診で見つかった腫瘍を放置していると、いつか必ず命を奪われると思い込んでいる。しかし、早期発見された腫瘍の中には進行がゆっくりで、その人の寿命まで命取りにならないものもある。そうした腫瘍を発見して手術や薬物療法を受けたとしたら、意味なく体を痛めつけて命を縮めてしまうことになる。つまり、「過剰診断」「過剰治療」になってしまうのだ(H・ギルバート・ウェルチ ・リサ・M・シュワルツ著、北澤京子訳『過剰診断:健康診断があなたを病気にする』筑摩書房)。
もちろん、早期発見して腫瘍を取り除けたおかげで大腸がん死を免れ、寿命が延びた人もいる可能性は否定できない。だが、その一方で無益な治療を受ける人も出てくるため、死亡率低減効果を打ち消してしまうのだ。それが、がん検診による延命を証明できない理由の一つと考えられている。それに、たとえば日本人の場合、大腸がんで死ぬ確率はおよそ3%だ。検診によって大腸がん死を16%減らせたとしても、3%×0.16=2.52%なので、総死亡率を0.5%ほどしか下げられないことになる。しかもこれは、対象となる国民全員がまじめにがん検診を受け続け、無益な治療による打ち消しもないと仮定した場合の計算だ。つまり現実には、がん検診に総死亡率を下げる効果があったとしても、小さすぎて検出できない可能性が高いのだ。
これは大腸がんに限ったことではない。たとえば今でも、乳がんのマンモグラフィ検診を受ける人が多い。しかし近年、欧米では乳がん検診における過剰診断・過剰治療が考えられていた以上に多いことが問題視されてきた。たとえば、2022年に報告された米国デュークがん研究所の研究によると、50歳から74歳までを対象に1年おきに実施された検診で発見された乳がんのうち、15.4%は過剰診断と推定されたという。
これまでの研究で推定されてきた過剰診断より少ないと評価されているが、それでも7人に1人が過剰診断されている計算となる。100万人がマンモグラフィ検診を受けたとしたら、15万人以上が無益な精密検査(生検など)を受け、その一部がさらに治療を受けることになるわけだから、やはり無視できない大きな問題だ(海外がん医療情報リファレンス「米国では乳がんの7人に1人が過剰診断の可能性」2022年3月24日https://www.cancerit.jp/gann-kiji-itiran/nyuugann/post-71584.html)。
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