… … …(記事全文2,718文字)1948年の世界人権宣言は、ホロコーストへの痛切な反省から生まれた。
それまで人権は「国家が国民に与えるもの(国内問題)」という側面が強かった。しかし、戦後、国家が自国民を虐殺するケースから、国際社会が介入すべきという、国家主権を超える普遍的な人権という概念が確立された。
なぜ、こう断言できるかと言うと、それは世界人権宣言の冒頭にある「前文」の言葉が、それを証明している。
前文には
「人権の軽視及び蔑視が、人類の良心を踏みにじった野蛮な行為をもたらした」と書かれている。
ここで述べられている「野蛮な行為」とは、当時終結したばかりの第二次世界大戦、とりわけナチス・ドイツによるホロコーストを指していることは、起草に関わった人々の共通認識だった。
「二度とこのような悲劇を繰り返さない」という決意が、この文書の出発点となっている。
この宣言の起草において中心的な役割を果たした人物たちの背景も重要だ。
下記に例を挙げて説明する。
「良心の防波堤」だったはずの人権が、いつ、どこで「伝統を解体する武器」へと変質したのか?その答えは以下に続く。
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