… … …(記事全文3,339文字)昭和時代、「一休さん」というテレビアニメがあり、高視聴率を記録したそうですが、結論から言うと虚構の話でした。今回は室町時代の話ですが、18禁レベルの言及もありますのでそちらは購読者限定にしたいと思います。
「一休さん」というテレビアニメは1975年から1982年までテレビ朝日系列で放映された人気アニメで、最高視聴率は1976年3月10日放送分の27.2%(ビデオリサーチ・関東地区調べ)で、関西地区の最高視聴率はなんと42%を記録しています。
地上波のオリジナル番組をご覧になられた人は当時小学生だったとして現在は50代以上になられているかも知りませんね。この番組は終了後も夕方の時間帯に繰り返し再放送され、その後もCSのファミリー劇場、アニマックスで放映され、現在もキッズステーションで放映されています。筆者はCSで幼少期に何度も見た記憶があります。
「一休さん」は海外でも好評で、仏教国タイでは1980〜90年代以降にテレビ放送されて爆発的な人気を集め、老若男女なら誰もが知っている国民的アニメになったそうです。
中国でも人気アニメになったそうですが、史実から見た一休宗純はとても見習えるような僧ではなく、室町時代に現れた風狂僧の代表格で、僧侶が守るべき戒律をあえて破る破戒行為を禅宗では悟りの境涯を現したものとして肯定的に捉える(風狂)という概念で死ぬまで生きた人でした。
さて、いわゆる一休さんとは一休宗純のことですが、一休宗純に一休の道号を与えたのは京の大徳寺の高僧、華叟宗曇で宗純が22歳の時でした。華叟宗曇に弟子入りした宗純が「洞山三頓の棒」を公案とした禅問答の中で
「有漏路(うろぢ)より無漏路(むろぢ)へ帰る 一休み 雨ふらば降れ 風ふかば吹け」
という道歌(悟りの境地を表した歌)で答えた一休に華叟が「一休」の号を授けたのでした。
※有漏路: 煩悩に満ちた、この迷いの世界(現世)。無漏路: 煩悩がなく、真理や悟りに満ちた清らかな世界(仏の世界)のこと。一休み: 人間の短い一生、あるいは人生のプロセスを「旅の途中のつかの間の休息」と見なすこと。雨ふらば降れ 風ふかば吹け: どんな困難や逆風、災難が起きようとも、それに動じず、ただあるがままを受け入れて生きるという強い覚悟
いわゆる一休さんの号の変遷
受戒前の幼名 千菊丸 嵯峨・地蔵院付近に御所を追われた母(伊予局)と居住
応永6年(1399年) 周建 安国寺所属 6歳
応永17年(1410年) 宗純(戒名) 西金寺所属 17歳
応永24年(1415年) 一休(道号) 大徳寺所属 24歳
つまり「一休さん」と呼ばれたのは成人後のことで、安国寺時代は「周建さん 」でした(^_^;)
時代劇「水戸黄門」のように、昔話は脚色があっても娯楽なので全然許せるのですが、この一休宗純は風狂の破戒僧だったので、一休宗純をアニメ「一休さん」のモチーフにしたのは少しマズかったのではないかと思うのです。
アニメ「一休さん」は何しろ中央児童福祉審議会推薦番組だったからです。
一休宗純が生涯実践した風狂で筆者がとくに気になったのは、この時代、仏教界に蔓延っていた幼い男の子への性的虐待でした。
僧は戒律で女性と交わることを禁じられていたので、男ならいいのではという方便から寺に修行に来た子どもを性的な道具として犯していたのが実態でした。
武士とは違い、なぜか青年や大人の男とは性行為せず、子どもの修行僧ばかりを犯していたようです。キリスト教の海外事例でも同様に男の子だけが性被害に遭っています。供給があり、通過儀礼だということで無知な子供は騙しやすかったからではないかと思われます。
当然ですが僧侶の男色は、仏教の根本である「不淫戒(性交をしてはならないという戒め)」に反するため、本来は明確な破戒です。
性行為を伴うものは、男だろうが動物だろうが不邪淫戒の破戒にあたります。
※画像はイメージです。画像は稚児行列に応募した実在の少年で本文とは関係ありません。
一休宗純も男の子とのSEXが大好きだったようで、生々しい性的描写を細かく自著『狂雲集』に遺しています。



