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人を見かけで判断してはならないということは、一見反論不可能なほどの正論に聞こえる。
しかし、一方でこんなことも言えるのではないだろうか。
それは、人間が進化させてきた判断力、つまりこの人はなんだか胡散臭そうだとか、この人なら信頼できるとか、高貴な生まれとお育ちを感じさせる品を備えているといった、人間についての重要な情報を読み取る能力を否定するということだ。
私がなぜこんなことを言い出したかと言うと、つい最近、この方の持つ優美で無垢で邪心のない様子は普通の階級で普通に育った人には到底醸し出せないだろうという事例に行きあたったからである。
それは、「憂国の花束」さんという保守で皇室ウオッチャーの方の4/23のブログ記事に、今回の春の園遊会で常陸宮妃華子さまのおつきの女官として写真に登場される方である。
「宮内庁」という名札をつけ、おみ足が少し不自由な華子さまの手を引いている70代くらいの白髪の女性だ。
嫌味とか、俗とか欲とか、そういったどろどろとしたものが全く感じられない。
華子さまに長年使えておられるであろうことは、年齢だけでなく、華子さまと一心同体のご様子から容易に予想される。
皇室の女官はかつて旧華族などから、自身が妃殿下になったとしてもおかしくないような方から選ばれており、おそらくそのような由緒ある家系の出の方なのだろう。
実際、宮内庁女官長を長らくつとめ、香淳皇后の崩御まで仕えた北白川祥子(さちこ)さんは、三島由紀夫の「春の雪」の伯爵令嬢綾倉聡子のモデルとされるが、父は男爵徳川義恕(よしくみ)、母は伯爵津軽承昭(つぐあきら)の娘寛子(のりこ)である。
長兄は徳川義寛(よしひろ)で昭和天皇の侍従長、次兄は津軽義孝で、常陸宮妃華子さまの父である。
ご本人も北白川永久王(ながひさおう)と結婚し、北白川宮妃となったが、20代で未亡人となる。
そして長女の肇子(はつこ)は1950年代に明仁親王(現上皇陛下)のお妃候補と騒がれたこともあるのである(学習院女子中等科からの親友の兄、島津忠広氏に嫁ぐ)。

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