… … …(記事全文8,205文字)政治とマスコミ、また行政とマスコミをめぐる対立はこれまで何度も起こってきた。そのたびに政治のあり方やマスコミの姿勢が問われてきた。
ときに対立や争いは高い次元に登るステップとなる。国家間の戦争で犠牲になった多くの人たちを目の当たりにしたとき、人は戦争の愚かさを悟り、平和の尊さを痛感することがある。国際連合の設立は、国家間の対立を超えて融和を模索する高次の出来事だった。ただ、対立は対立のままで終わり、相変わらず低次元のまま時代が過ぎていくことも珍しくない。とくに政治とマスコミの関係は、昔も現在も低次元のままだ。
政治とマスコミの対立の中でも、とくに有名な話としては1972年6月17日に行われた佐藤栄作首相(当時、故人)の引退会見がある。このとき、会場に居合わせた新聞記者は佐藤首相を残していっせいに退場した、この珍事件は日本の政治史においても、またメディア史においても特筆されるエピソードとして語り継がれている。
佐藤の引退会見で何が起こったのかを示す前に、当時の政治状況と背景を振り返ってみよう。
佐藤首相は1964年11月9日から1972年7月7日までの7年8か月、通算2798日にわたって首相を務めた人物として知られている。この在任期間は、戦後では2番目に長いものとして記録されている。その佐藤は、長く首相を務めた戦後の首相として沖縄返還を実現。その直後の1972年6月17日、自民党両院議員総会で退陣を表明した。そして同日の午後、首相官邸で退陣を正式に発表する記者会見が開催された。

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