… … …(記事全文8,191文字)政治と行政をおもに取材していることもあり、わたしは多くの政治家と出会い、そしてこれからも出会おうとしている。その中でも、一期一会の出会いながら強く印象に残った政治家が何人かいる。かれらは現職か元職の国会議員であったり地方議員だったりする。新聞やテレビでしか知らない有名な方との出会いもあった。今回のメルマガは少し趣を変えて、その個性豊かな政治家を紹介したい。
最初は宇野宗佑内閣で官房長官を、小泉純一郎内閣で財務大臣などを担当した塩川正十郎だ。
世間から「塩爺」と呼ばれ、その風貌も好々爺然とした塩川だったが、若いころは「瞬間湯沸かし器」のあだ名が付いていた。短気で直情型、キレやすい性格だったようで、いわば武闘派の政治家だった。政界引退後はテレビでコメンテーターを務め、さらに好々爺のイメージが定着した。ところが、コメンテーターとして出演していた日本テレビ『真相報道 バンキシャ!』で奈良県で起こった某事件を紹介している途中、「あの顔、キ◯ガイですわ」という放送禁止用語を発して司会者を慌てさせたことがあった。この騒動で塩川は番組を降板させられたが、元大物政治家としての存在感は変わらず、政界の影のご意見番として君臨していたようである。
わたしがその塩川に会ったのは、世間で「官房機密費問題」が話題になっていたときだった。官房機密費は官房長官が領収書なしで自由に使えるカネであり、その使途についても公開の義務はない。だから機密費なのだが、これが世間で問題になった時期があった。宇野内閣で官房長官を務めた塩川自身も2001年、新聞やテレビのインタビューで「野党対策に使った」と明言したことで、これが国会で野党の追及を強めることになった。もっとも、野党からの追及に対して塩川は、「忘れた」「錯覚だった」で押し通していた。タヌキである。
官房機密費問題が次に世間を騒がせたのは2010年4月ごろで、きっかけは元官房長官・野中広務の証言だった。小渕恵三内閣で官房長官だった野中は、野党やマスコミ対策で「盆暮れのお届け」として月に5000万円から7000万円ほど使ったとテレビで証言。これが官房機密費の疑惑と闇を再燃させるきっかけになった。
ちなみに、野中の「盆暮れのお届け」を断ったジャーナリストがいる。田原総一朗である。田原はテレビで、野中の使いの者が訪れ、1000万円を渡そうとした事実を暴露した。なお、この現ナマ攻勢を田原は拒否している。田原の証言も社会を騒然とさせ、官房機密費によって一部マスコミが政府の言いなりになっているのではないかという疑惑を招いた。そう考えると、現在、テレビなどで政府や自民党を擁護している記者や評論家の中で、官房機密費の毒牙にかかった者がいるのではないかという疑念がわく。
わたしが塩川と会ったのは、ちょうど2010年のそのころで、写真週刊誌『FRIDAY』の依頼を受けてのことだった。依頼の趣旨は、野中の証言の信憑性について。元官房長官である塩川も官房機密費は使い放題だったはずで、その体験を取材してほしいというものだった。なお、このとき"塩爺"はすでに政界を引退していた。

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