… … …(記事全文6,413文字)「Mおばちゃん、がんになったんやて。肝臓と肺と骨にもあるらしい。脚が浮腫んで、湯舟に入れず、困ってるって」
母親から叔母の話を聞いたのは、2026年3月15日のことだった。東京の多摩地域に住む叔母は85歳。事情があって、数十年、この地で独り暮らしてきた。けれど、これまで大病することなく、お友だちとサークル活動に参加したり、カラオケスナックへ通ったりして、気楽な日々を送っていたようだ。
その叔母を突然の病が襲った。二つ上の母親と叔母は、八人きょうだいの七番目と八番目。宮崎の田舎で育った二人は、年が近いこともあって、きょうだいで一番仲が良く、しょっちゅう電話で近況を伝えあっていた。
だから、叔母は母親に真っ先に打ち明けたのだ。それを聞いた母親が、医療に詳しい私に、どうすべきかを相談してきた。電話口で話を聞くかぎりでは、すでに全身に散らばっている。事態の深刻さを悟った私は、母親にこう告げた。
「残念やけど、病状を聞くかぎり、覚悟しておいたほうがいいかもしれないね…。こっちから押し付けがましく電話したりしないけど、おばちゃんが相談したいと言うならサポートするから、いつでも電話してと伝えてくれる?」
3日後の18日夜、叔母から携帯に着信があった。体に異変を感じたのは2月末ごろだったという。食欲がなく脚が浮腫んでいるので、近所のかかりつけのクリニックを受診した。血液検査を受けたところ、すぐに市民病院へ行くように言われ、数日後にCTと内視鏡検査を受けた。その日のうちに、がんを告げられたという。
「去年、健康診断を受けたときには、な~んにも異常がなくて健康優良児だったのに、なんで急にこんな病気になるのかねぇ。もう歳だから、若い時に乳がんかもと言われたときみたいなショックはないけど、とにかく背中が痛いのと、脚が腫れて困ってる。それさえなんとかしてくれたら、なんでも一人やっていけるんだけど」
そんなふうに嘆いた後、この日に医師から聞いた説明の内容を教えてくれた。
「おなかに影があったから膵臓かもしれないと言われてたけど、今日聞いたらそうではなかったみたい。画像を見たら、肝臓にも肺にも骨にも影があるって。先生から大学病院で詳しい検査をして、放射線治療を受けてきたらと言われたんだけど、電車を乗り継いでバスにも乗らないといけないのよ。どうせもう治らないんだったら、痛い検査も治療もしたくないしねぇ」
「放射線治療は、何のためにやると言ってた? 骨の痛みを取るためとか話してなかった? もしそうなら、やってみてもいいと思うけど」
「背中が痛いのは、骨の痛みなのかなぁ。放射線って、毎日病院へ通わないといけないんでしょ? こんな体じゃ、もうそんな遠くまで通えないし」
「そもそも、原発はどこって言ってた? 肝臓なの? 肺なの? それによっても、治療法が違ってくる可能性があるけど…」
「原発って何?」
「最初にがんができたところ。そこから散らばっていくのよ」
「ん~、そんな話はしてなかったような気がするねぇ。本当はダメらしいんだけど、先生の話をメモ代わりにレコーダーに録音させてもらったの。でも、覚えきれなくて」
「おばちゃんとしては、大学病院へは行きたくないの? ずっと市民病院で診てもらいたいの? おばちゃんが望むなら、家にお医者さんに来てもらう訪問診療もあるけど」
「そんなこともできるの? もう全身にがんが回ってたら、治らないんでしょ。とにかく、痛みと脚の腫れだけ取ってもらえたら」
確かに、病状からして根治は望めないだろう。高齢で体力も落ちているので、積極的治療を受けるより、緩和ケアを中心に受けたほうが、本人のためになる可能性もある。
電話しながら叔母が告知された市民病院のホームページを見ると、都合のいいことに「緩和ケア科」のあることがわかった。
「市民病院に緩和ケア科があるね。そこにかかるようには言われなかった?」
「そんな話はしてなかったよ」
「痛みや腫れを取りたいなら、市民病院の緩和ケア科で診てもらう手もあると思うよ。そっちにも回してもらったほうがいいんじゃないかなぁ。そもそも、いま何科にかかってるの?」
「内科」
「内科と言っても、いろんな専門があるのよ。呼吸器内科? 消化器内科? 主治医の先生の専門はなんだった?」
「消化器だったような気がするねぇ」
叔母の話は埒が明かないところもあった。85歳だ、無理もない。次は27日の14時に病院へ来るよう言われているという。今後の方針を決めるために、一通り外来が終わって時間の取れる午後にしてくれたのだろう。叔母の話を聞きながら、私も同席したほうがいいと思った。
「わかった。じゃぁ、27日に僕も病院へ行くから、先生の話を一緒に聞いていい?」
「遠いのに、わざわざ来てくれるの? 悪いよ…」
「そんなことないよ。こんな時だからこそ、遠慮せず頼ってくれたら。もちろん、来てほしくないなら、行かないけど」
「来てくれたら嬉しいけど…遠くない?」
「こんなときだからね、遠いのは気にする必要はないよ。じゃぁ、14時に病院で待ち合わせしましょう。僕が話を聞いて、おばちゃんが一番いいように段取りするから、安心してね」
そう約束して、その日は電話を切った。

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