… … …(記事全文2,117文字)筆者の生まれ育った地元には伝 仁徳天皇陵(百舌鳥耳原中陵)があり、子どものころから何度もお参りしたことがあります。
「伝」と前置きしているのは宮内庁が仁徳天皇の陵墓なのだろうと治定しているだけで、考古学的には議論になっています。
考古学的には付近にある履中天皇陵(上石津ミサンザイ古墳)、仁徳天皇陵(大仙陵古墳)、反正天皇陵(田出井山古墳)のうち、一番古くに築造された考えられる伝 履中天皇陵を伝 仁徳天皇陵にあてる学説もあります。つまり、巨大古墳ですら誰の古墳なのか、いまいちよくわかっていないのがこの時代の学術的特徴でもあります。
韓国人は認めたくない話のようですが、西暦391年に倭が海を渡って百済・加羅・新羅を破り、倭国の臣民となしたとする好太王碑の記述(韓国側が何度も文句をつけていました)を裏付ける証拠が2011年に発見されています。

