… … …(記事全文8,283文字)「親バカ」と言う言葉がある。子どもに対してやや過剰な愛情を注ぐといった、いわば微笑ましい親のことである。たとえば、幼稚園や小学校で描いた子どもの絵について、「この子は天才だ」と褒めちぎり、子どもが風邪を引いただけであたふたするような親のことだ。あるいは、「自分の子どもが世界で一番かわいい」などと過大評価してしまうなど、どちらかと言えば他人から見てもほっこりする親だと言える。また、この言葉は「私、親バカでしてね」と親自身が自嘲的に使うことも多い。
「親バカ」に対して「バカ親」と呼ぶにふさわしい人たちがいる。同じバカでも、こちらは社会にとって迷惑な存在として語られる。バカ親は子どもに対する愛情があまりにも過剰すぎて、そのため冷静な判断力が失われ、結果として子どもと一緒に周囲に迷惑をかけてしまう親のことだ。親バカとバカ親、この両者は「バカ」の並び方が異なるだけで評価軸がまったく異なってしまう。
具体例を挙げてみよう。たとえば、バカ親は、いたずらや悪さをした子どもの非を認めず他人に責任転嫁するのが特徴だ。学校で子どもが問題を起こして担任から注意されるとする。親は鬼の形相で学校へ乗り込み、謝罪するのではなく怒鳴り込んで教頭や担任を困らせる。かれらは一種のモンスターペアレントだ。他の言葉に置き換えると過保護や過干渉、責任放棄などが相当するだろうか。また、子どもが公共の場で迷惑行為や危険行為を犯しても放置し、むしろ子どもを利用して親が過度な自己顕示欲を示すこともある。
親バカはあくまでも「親」が主語であり、「バカ」は親としての愛情が過剰という限定的意味として捉えられる。社会的評価としては、「親バカ」は親という役割の中での愛情の偏りであり、人格までは全否定されない。社会的にも許容されやすい。
一方、バカ親の主語は、あくまでも「バカ」である。バカだから自分の言動や思考が冷静に判断できず、社会の迷惑として扱われる。つまり人格に欠陥があり、かれらは社会的制裁の対象になりやすい。これが「親バカ」と「バカ親」の違いであり、私たちの周囲を見渡せば親バカもバカ親も何人かは目にするものだ。
バカ親に育てられた子どもは、往々にして哀れな未来が待っている。過剰に甘やかされた生ぬるい環境で育ったことで、全員とは言わないが自己中心的な人間に陥りやすい。「三つ子の魂百まで」の諺のように、この子どもたちが大人になっても利己的な性格はそのままだったりする。いずれ自分もバカ親になるという悪循環を生み出す可能性が高い。

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