… … …(記事全文1,401文字)以前、日韓翻訳掲示板で韓国の学生と討論をしていたのですが、彼らの多くは朝鮮半島では昔から白米を食べていたと誤解している人が多く、資料を添付して否定しても信じてはもらえませんでした。
朝鮮半島の庶民は雑穀を食べていたという投稿をすると、なぜかすごく怒るんです。
そもそも、朝鮮北部は気候が厳しく、コメの生育には適していませんでした。朝鮮南部は李朝期には古代米(赤米)の在来種の栽培が行われており、藁葺き屋根の材料にも使われていました。日本が朝鮮半島を併合すると、内地品種の栽培が研究され、寒冷地でも育つ、東北地方の銘柄米が逐次投入されるようになりました。
※「稲の優良種 普及状況」 昭和2年
秋田県原産の「亀の尾」が平安道、江原道などの寒冷地で普及していたことがわかります。
併合前はコメの収穫量も少なく、前述の通り、北部ではコメそのものも生育が難しかったようです。
※農業史研究 第36号
「粟は朝鮮住民の主食」とありますが、満洲の農民と同様に朝鮮の農民も米価の高騰時は雑穀とコメの混炊を止めて、雑穀だけを食べてコメを売却して換金する生活をしていました。


