… … …(記事全文2,620文字)私事ですが、先月、長男の七五三詣りを終えさせていただきました。
えっ、六衛府さんの息子さんって5歳なの? と思われる方がおられるかも知れませんが、関西では男の子は3歳でも七五三詣りをする家庭が多く、うちも満三歳でお詣りさせていただきました。
そもそも、なんで七五三を祝うのかについてですが、古来、我が国では「七歳までは神の子(神のうち)」と言われていて、数え年7歳になるまでの子どもは穢れが無く、神様の領域にあり、人間としては一人前ではないという概念から、我が子の成長の無事を神様に報告する節目として七五三の年次、これは陰陽思想に由来していて、「奇数は陽の数、偶数は陰の数」という考え方から来ています。陽の気を持つ奇数は、生命力や発展を象徴するもので、11月15日を七五三参拝日の基準日にしているのも謂れがあったりします。
あと、昭和時代の中期ごろまで、子ども(とくに乳児)の死亡率が高く、今では信じられませんが、生まれた子供が成人を迎えられることが当たり前ではありませんでした。
明治時代初期には乳児(生後1年未満)の約4人に1人が亡くなり、江戸時代には平均寿命が28歳前後だったほど乳幼児の大量死が全体の平均寿命を押し下げていました。昔の家庭が子だくさんだったのは当時の子どもが早世していたことも関係していました。
※乳児死亡率の推移(出生1,000対)及び合計特殊出生率の推移
西洋医学が普及してきた明治後期でも1000人の出生に対して150人以上が亡くなっていたことがわかります。時代とともに子どもが早世しなくなると合計特殊出生率も低下しているのがわかりますね。
さて、日本の暦の上での最上級の吉日ってご存知でしょうか。
これはだいたい月に一度訪れる「鬼宿日(きしゅくにち)」です。
鬼宿日は鬼が宿にこもって外にいないため、何事も邪魔されずにうまく進むとされています。
鬼宿日に一粒万倍日が重なる日があれば暦の上では一番上なのかも知れないです。
旧暦の11月には冬至がある月でした。冬至は一陽来復(いちようらいふく)と呼ばれ、陰が極まって陽の気が復活し、運気が上昇に転じる非常に縁起の良い日とされています。その陰陽思想上、縁起のいいとされる冬至を含む(旧暦)11月の、最強の縁起のいい鬼宿日の15日(旧暦)を組み合わせた最強吉日こそが11月15日で、徳川綱吉はこの日に髪置きの儀を行ったと言われています。
「七五三」という呼び名が定着したのは明治時代で関東地方から広まったと言われています。
それまでは髪置(かみおき)、袴着(はかまぎ)、帯解(おびとき)と呼ばれていました。それぞれについて詳しく見ていきましょう。

