… … …(記事全文2,215文字)あまり知られていないことだと思いますが、外地の内地化を進めていた戦前の日本政府は外地にも方面委員制度(現在の民生委員制度)を作り、地域でふさわしい人に委嘱していました。
とんでもない過酷な植民地行政ですねw
方面委員は現代の民生委員の前身となるボランティアの委員です。
内地では大正7年(1918年)に大阪府で方面委員制度が始まり、昭和11年(1936年)に方面委員令公布により社会制度として全国統一化されました。
方面委員は小学校区(方面)を担当して地域内の生活困窮者調査や相談・支援を行い、家庭調査や生活指導、困窮者への援助を実施、救貧行政を支えました。
現在はプライバシーの問題もあり、困窮者が地域の民生委員を訪問して行政の制度利用をお願いするようですが、戦前は方面委員が隣組を巡回して「この地域で困窮している人はいませんか?」と聞いて回って行政に繋げていたようです。なんというお節介なんでしょうね(^_^;)
朝鮮で方面委員制度が始まったのは昭和2年(1927年)、京城府で始まったのが最初ですが、根拠法となった「京城府方面委員規程」(京城府告示第49号)の内容を見てみましょう。
第一条 府内の必要と認むる区域に方面委員を若干名置く
第二条 方面委員の職務の大要 左の如し
一、関係区域内の一般生活状態を調査し之が改善向上を図ること
二、保護または指導を要するものに対しその事情を調査し適切なる方法を講ずること
三、社会的施設に資すべき各般の調査をなすこと
四、その他とくに委嘱せられたる事項の調査実行にあたること
第三条 方面委員は名誉とし府尹(府知事)之を嘱託す
第四条 方面内の事務の連絡及統一を図る為 方面ごとに常務委員一名を置く
こんな感じでした。
京城府で昭和2年(1927年)に制度が発足された後、昭和8年(1933年)には釜山、昭和10年(1935年)には平壌、開城、仁川に区域が拡大し、昭和18年には朝鮮全国で314方面、方面委員数は1314人に上りました。
活動内容は食糧供給、医療扶助、旅費支給、金品支給で特筆すべきものは病院無料診療券の交付がありました。
あまり知られていないことですが、朝鮮総督府は朝鮮全土の郡庁に公務員医師を常駐させて、へき地巡回診療に当たらせ、朝鮮全土の主要地に公設浴場と公設質屋を開設し、看護師・助産師も配置、貧困者に助産券を発行していました。
※昭和7年8月13日付け 京城日報 画像は全羅北道・群山に完成した公設浴場と公設理髪所
これって昭和初期の内地よりも充実していた社会事業の整備ぶりだと思います。
繰り返しますが、日本統治下の朝鮮では生活困窮者の病院(道立病院などの指定病院。事前に無料診察券の交付を受けた者)受診は無料でした。


