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増田悦佐の世界情勢を読む

増田悦佐(エコノミスト・文明評論家)

増田悦佐

世界情勢の鍵を握るのはエネルギー効率 後篇の図表一挙公開
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先月は毎月2回お約束している刊行のうち2号目の文章化が月末までに間に合わず、大変ご迷惑をおかけしたことをお詫びします。

 

間に合わなかった最大の理由は気候変動に関する政府間パネルの報告書策定グループが、地球温暖化に関する合計4つのシナリオのうちいちばん被害が大きくなるRCP8.5というシナリオは非現実的だから今後の報告からは排除しようと決めたという報道の意義を軽く見ていたことです。

 

このRCPはRepresentative Concentration Pathwaysの略称で、日本語では代表濃度経路と訳されていますが、典型的濃度経路と訳したほうが適切でしょう。

 

何かを代表するというより、二酸化炭素の濃度上昇が、なぜどういうかたちで大気温を上げるのかについて、きちんと説得力のあるメカニズムを示さず、こんなケースもあり得る、あんなケースもあり得ると、いろいろ想定しうる経路のうち典型的なものを4つ並列して紹介しているだけなのですから。

 

今回は前半で地球温暖化が生物絶滅の危機を招くという議論自体の説得力のなさについて論じ、後半では「この危機を未然に防ぐために」との口実で持ち出された「再生可能エネルギー発電」やEV(電気自動車)が、いかにエネルギー効率を無視した愚策かを解明していきます。

 

  • ● 二酸化炭素上昇による温暖化で生物種が絶滅の危機に瀕したことはあるのか

 

地質学や古生物学の進歩によって、これまで地球上に存在していた生物種の80%以上が絶滅した事例は5つあったことが確認されています。その5つを年表にまとめた図表1をご覧ください。



5つのうち3つ、最初のオルドビス紀末大絶滅、2回目のデボン紀末大絶滅、4回目の三畳期末大絶滅はほぼ同じパターンです。

 

いずれも大気温が現代より10度以上高く、この環境に適応して生い茂っていた植物は、暑さには強いけれども寒冷化に弱い種が多かったと思われます。

 

そして、この時期には二酸化炭素濃度はかなり大きく上がったのですが、豊富になった二酸化炭素を吸収することもできないほど寒さによって弱ったため、まず多くの植物種が絶滅したものと推定されています。

 

すると、植物が吸収した水と二酸化炭素を太陽光と葉緑素の働きで自分の体を形成する炭水化物と酸素に変換してくれなければ、呼吸するための酸素も減り、食べて自分の体を作る炭水化物も減少して、多くの動物種も絶滅したわけです。

 

肉食獣も、植物を食ベて炭水化物を取りこむ草食獣がいなくなってしまえば、自力で炭水化物をつくり出せるわけではないので、絶滅する種が多くなります。

 

3回目のペルム紀末大絶滅だけはちょっとパターンが違っていて、大気温の急上昇によって絶滅したように見えるのですが、この大絶滅は大気中の二酸化炭素濃度が300~400PPmという現代と同じくらい低い時期に起きています。

 

地表を植物種が覆い始めた4億7000万年くらい前から現代に至るまでで二酸化炭素の濃度がこれほど低かった時期はペルム紀前後の6000~7000万年前と、約300万年前から現代までの2回だけです。

 

二酸化炭素濃度と大気温がともに低下していた頃は、弱い種は滅んだのでしょうが大絶滅には至らず、植物種全体が繁茂力の弱いまま縮小均衡で共存していたようです。

 

けれども、急激に気温だけが上昇し二酸化炭素濃度は底這いという状態になると、気温上昇という好条件で繁茂力の強い種が希少な二酸化炭素を取り過ぎることによって絶滅種が増え、やがて大絶滅を迎えたと考えられます。

 

最後の白亜紀末大絶滅は、大気温や二酸化炭素濃度とは関係なく、巨大隕石が地球に激突して起きたことがよく知られています。

 

こうして見てくると、二酸化炭素濃度の上昇が温暖化を招き、その結果生物種が絶滅したというケースは過去に一度もなかったことが分かります。

 

むしろこの年表からは、大気温と二酸化炭素濃度は同じ方向に動くことが多いけれども、生物種大絶滅が起きるのは植物全体にとって非常に生育しにくい状態である、大気温も二酸化炭素濃度も低い状態だったことが、はっきり浮かび上がってきます。

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 また、この大気温と二酸化炭素濃度の正の相関性は、だいたいにおいてそうであるけれども必ずそうなるというほど強い因果関係でむずばれているわけではないことは、図表2からも明白に読み取れます。



第二次世界大戦がヨーロッパと東アジアというユーラシア大陸の両端で本格化した1941年は、世界における火薬使用量が激増した年でもあり、鉄道貨車、大型トラック、大型汽船などの軍需利用が高まって、二酸化炭素排出量は飛躍的に伸びた年でした。

 

その1941年から2個の原爆が実戦に投下された終戦の年、そして米英仏露中の5ヵ国が先を争って原子爆弾から水素爆弾へと地上実験を繰り返した1950~60年代は、核兵器の起こした爆風による延焼での二酸化炭素放出量も多かったのです。

 

皮肉にも、その1941年から42年後の1982年までは、人為的な二酸化炭素排出量は直前の42年間よりはるかに多かったのに、地球の大気温は下がっていたのです。

 

また、数え切れないほどの実証研究が大気温に影響を及ぼす度合いでは、地球上に存在する水がどの程度水蒸気として上空に昇り温度の低い上空の塵などを核に結晶して雲を形成し、太陽光の輻射熱を白さによって反射することのほうが大きいと結論しています。

 

この現象が広く気象学で認められた事実であることは、地表の何%が白い雲で覆われているかをアルベド値と呼んでいて、気象学の初歩の教科書でも非常に重要な大気温決定要因として紹介されています。

 

重要なポイントは、大気中の二酸化炭素濃度が高いほど植物はよく繁茂し、低ければあまり繁茂しないことと並んで、アルベド値の変化も大気温があまり大きく変動しないように作用する自動調節装置となっていることです。

 

植物は二酸化炭素濃度が高ければ高いほど良く生い茂って、幹、枝、葉によって日陰をつくり気温の極端な上昇を防ぎます。暑い地方ほど広葉樹が増え、寒い地方ほど針葉樹が増えるのは、植物自体が大気温の極端な変動を防ぐ機能を果たしているからです。

 

また、暑くなるほど地表から水蒸気になって上空に昇り、雲を形成する水の量が増え太陽輻射熱がそのまま地上に届くことを防ぎ、寒くなるほど水蒸気として上空に昇って雲を形成する水の量が減り、太陽輻射熱が地上に届きやすくなります。

 

そこで気になるのが、なぜこれほどうまく機能している自動調節装置があって、本来安定しているはずの大気温が「一方向だけに動く」と断定する人たちが突然増えてきたのかということです。

 

さらに、なぜその人たちは植物にとって命の源とも言える大切な気体である二酸化炭素を悪者扱いにするのか、そして彼らは国連などの国際的大組織を動かす影響力を行使しているのかということです。

 

  • ● 「二酸化炭素悪玉」説は後づけの理屈

 

そこにローマクラブが登場します。1972年に出版した『成長の限界』で「人口過剰で人類は滅びる」と主張して、社会科学系の本としては空前の大ベストセラー記録を打ち立てた組織です。

 

ロックフェラー財団やロスチャイルド家の息のかかった「学者」たちに、東西冷戦を利用して欧米諸国とソ連東欧圏の上に立つ世界政府を樹立する方策を考えさせていた組織ですが、自分たちの地位を権威づけるために恐怖キャンペーンを張る手法は、この『成長の限界』でも遺憾なく発揮されました。

 

そのローマクラブが、ソ連東欧圏の消滅を目の当たりにして、戦争と人口過剰をあおるだけでは世界政府の樹立はむずかしいと判断し、1991年に『第一次グローバル革命』という本を刊行しました。

 

内容は『成長の限界』で「人口過剰が人類を滅ぼす」と言っていた頃と同様に「人類こそ人類最大の敵である」ことを強調して、この人類の暴走を食い止めるためには世界政府を樹立するしかないという方向に議論を持ちこむことでした。

 

しかし、さすがに1970~80年代の人口増加が世界中で豊かな経済をもたらしていたことは否定できないので、人口増加が悪いのではなく「人類ならひとり残らず犯している罪が人類を滅ぼす」という方向に議論の矛先を向け変えたのです。

 

そして、ローマクラブは「人間は生きているかぎり二酸化炭素を吐き出す。二酸化炭素を吐き出すことこそ、人類共通の罪だ」という結論にたどり着いたわけです。

 

この時点で、彼らは二酸化炭素の排出がなぜ悪いのかはまったく分かっていませんでしたが、二酸化炭素には温暖化効果がある程度のことは知っていました。だから、温暖化は人類のみならず、生物種全体の危機を招く大災厄に祭り上げられたのです。

 

この結論が、実証された歴史的事実とまったくかけ離れた暴論であることは、図表3に明瞭に示されています。




上段を見ると、アフリカ大陸でさえ、というよりはアフリカ大陸ではとくに、寒さで亡くなる人のほうが暑さで亡くなる人よりずっと多いことが分かります。世界全体でも、暑さで亡くなる人の数は寒さで亡くなる人の10分の1ぐらいです。

 

また、下段には人為的な二酸化炭素排出量はどんどん増えていますが、それによって自然災害で亡くなる人の数が増えたわけではなく、反対に年代が進むにつれて自然災害の犠牲者は減っていることが分かります。

 

図表4の上段には、どうしても大気中の二酸化炭素濃度を低下させたかったら、いちばん効果的な方法は戦争を起こしたり、経済危機を起こしたり、感染症の蔓延を避けるとの名目で経済活動の活発な都市をロックダウンしたりすることだという皮肉な実例が出ています。



下段もまた下段なりに皮肉な実証データになっています。温暖化を防ぐためと称して化石燃料の消費を制限するあれやこれやの政策にどの程度のカネを遣っていたかを示すグラフです。

 

この中で間違いなく健全だと言えるのは大気汚染対策で、これは温暖化を防げるからというような理由はまったく必要とせず、地域住民の健康を守るためにやるべきことです。

 

ところが、これが実は防ぐどころか温暖化を促進してしまうのです。10~20年前の中国では石炭火力発電所や製鉄所が脱硫装置も煤煙除去装置も非常に不十分な状態で操業していました。

 

その頃は「中国の空が晴れることはない」と言われていましたが、慢性的な曇り空のおかげで中国のアルベド値はかなり高く、太陽輻射熱をそうとう跳ね返していたので、脱硫装置や煤煙除去装置の性能が良くなった現在より中国の大気温は低かったのです。

 

なお、世界政府樹立を画策するグローバリストでなくても、アメリカの大富豪たちは「二酸化炭素悪玉」説に傾倒している人が多いようです。

 

その最大の理由は温暖化や二酸化炭素排出といった抽象的な議論以前に、彼らがあまりにも多くのエネルギーを浪費していることが明白なため、このエネルギー浪費という悪癖への贖罪意識が強く働いていることだろうと思います。図表5がその証拠です。



左右どちらのグラフをご覧になっても、仮に二酸化炭素支出量を絞りこむことが良いことであったとしても、それを実行して意味のある効果を上げられるのは欧米の富裕層だけで、その他の国々の平均的な所得水準の人たちがどんなに化石燃料の使用を控えてもほとんど効果はないことが分かります。

 

  • ● 見かけ倒しの「再生可能エネルギー」発電のキャパシティ

 

さて、こうした数量的なデータの示すことを一切無視して強引に太陽光や風力のような「再生可能エネルギー」発電を目指すとしても、そこに凄まじいコスト高という障害が立ちはだかります。図表6をご覧ください。






なぜ、太陽光とか風力とかの自然に存在していて、一見取ってきて利用するだけならいくら使ってもただのはずなのにコストが高いかというと、人間は自然をコントロールできず、太陽光発電も風力発電も稼働できる期間が短いだけでなく、人間が欲しいときと発電できるときのあいだに大きな差があるからです。

 

また、自然の恵みに頼るということは、立地条件によって非常に大きな差がつくことも意味します。太陽の光がさんさんと降り注ぐことの多いテキサス州と夏でもあまり空が晴れ渡ることはないドイツでは、太陽光発電のコストが約3倍違うのが、良い証拠です。

 

これほど実際に使える電力を生み出すためのコストは高いのに、それでも再生可能エネルギー発電のシェアを強引に上げようとすれば、当然電力料金は上がります。図表7は、アメリカの例です。



まず上下2段のグラフを見比べていただくと、2024年に初めて風力+太陽光発電でつくった電力の量が石炭火力発電を超えたことについては、かなり大きな電力料金の上昇という代償があったことが分かります。

 

さらに、上段のグラフにはふたつ意図的なミスディレクションがさりげなく使われています。まずタイトルの「発電用エネルギーベース」という表現は少なくとも不正確です。

 

これらの「再生可能エネルギー」発電の設備稼働率は長期的に平均すれば20~30%ぐらいですが、天候相手ですから年によってかなり大きな隔たりがあり、とうていベースと呼べるほどの安定性はないのが、第一のミスディレクションです。

 

また、風力+太陽光と石炭だけを太くはっきりした線で描くことによって石炭発電のシェアを食ったのはもっぱら風力+太陽光であるかのような印象操作をしています。

 

ですが、目盛りをしっかり読み取っていただければ、石炭が失ったシェアの大半は12~13%くらいから40.2%までシェアを拡大した天然ガス発電であって、風力+太陽光が奪ったシェアはずっと小さかったことが分かります。

 

図表8をご覧いただくと、「あれっ、あちこちで再生可能エネルギー発電のビッグプロジェクトがひっきりなしに報道されているのに、実際の発電量はこんなに少ないのか」と驚かれる方が多いのではないでしょうか。



「こんなに大きなプロジェクトが着工した」とか「稼働し始めた」とかのニュースで報道されるのは、運良く風向きも風力も発電に適した範囲の風が吹いていたり、太陽光がさんさんと降り注いでいたりするときに達成できる発電量のことであって、現実には想定発電能力の20~30%しか発電できません。

 

しかも回転軸が組みこまれた発電施設の場合、設備能力をいちばん長く保てるのはほとんど加減速をせず一定のスピードで軸を回転させ続けた場合です。動いたり、動かなかったり、あるいはスピードが極端に速くなったり、遅くなったりすれば、安定した速度で長期にわたって運転し続けた場合よりはるかに短命になります。

 

石炭・石油・天然ガス発電のタービンはかなり長期にわたって安定したスピードで運転できますが、風力はまず稼働自体が天候任せで断続的な上に、稼働しているときのスピードも安定しません。

 

太陽光発電パネルも、大雨の後の水垢や大風の後の塵埃で表面が曇ると、発電能力が激減します。そして、広々としていて起伏のある土地一面に敷き詰められた太陽光発電パネルの表面を効率よく清掃する装置はまだ発明されていません。

 

  • ● 不利な証拠の続出で総退却に転じた温暖化危機説

 

温暖化自体がほんとうに人類や生物種全体を危機に陥れるのかが怪しくなってきたと同時に、実際に稼働し始めた「再生可能エネルギー」発電のコスト競争力のなさも具体的な数字として表れてきました。

 

今回の冒頭でも申し上げましたが、こうした環境の中で気候変動を巡る政府間パネル(IPCC)の報告書作成スタッフが、「RCP8.5はあまりにもimplausibleなので、今後の予測の枠組みから外す」と発表したのは、非常に大きな転換点だと見るべきです。

 

図表9が示しているとおり、RCP8.5という極端な想定を外してしまうと、獅子吼するライオンが借りてきた猫に変身したかのようにインパクトの小さな推計しか出てこないからです。



RCP8.5以外の推計では、2100年でも1880年の起点に対して3℃前後、このグラフの中で最新の実績である2010年の実測値に対して2℃程度しか上がらないという想定になっています。

 

そうとう想像力をたくましくしても、今後74年のあいだに大気温が平均で2℃上がる程度のことに、自然科学の知見も、その知見を生かした技術もかなり進んでいる人間が対応できないと考えるのはむずかしいでしょう。

 

しかし、RCP8.5の場合だけは1880年の起点に対して約4.8℃、2010年に対しても約3.8℃も上がるという想定になっていたのです。

 

このぐらい大きな平均気温変化が今後74年のうちに起きるとなると、我々の想定が及ばないところで何かしら深刻な被害が起きるかもしれないと考える人も多いでしょう。

 

つまり、これはたんにいちばん極端な想定が非現実的だから、将来起こりうる4つのシナリオの中から除外されたというだけのことではありません。

 

人を恐怖で怯えさせて、「だからそうなりたくなかったら、おとなしく我々の言うことを聞け」という恐怖ポルノによる大衆操作の牙が抜かれてしまったようなものです。

 

いったい何が、IPCC報告書作成スタッフをここまで追い詰めたのでしょうか。

 

いちばん大きいのは実証研究の精度を上げるための科学技術の進歩によって、二酸化炭素濃度の上昇が人類にも地球環境全体にも好ましいことだという証拠が続々と報道されてきたことではないでしょうか。

 

その1例が図表10でご覧いただく、2027年に本格稼働が予定されている次世代気象観測装置が、まだ施行運転の段階で二酸化炭素濃度上昇のメリットを明白に示したことでしょう。



この機種は、植物が葉緑素と太陽光を使って、吸収した水と二酸化炭素を体内に取りこんだまま自身の成長の糧となる炭水化物と体外に放出する酸素に組み替える様子をリアルタイムで可視化できるそうです。

 

そして、その結果、地表の緑被率(植物で覆われている率)は、2000年前後から約11%1980年前後からは約18%上がっていることが確認できたそうです。

 

18%という数字は、世界最大のロシア連邦の約1.5倍の面積、アメリカ合衆国の3倍近い面積になります。

 

同時に、この事実は「人為的な二酸化炭素排出量があまりにも多く、もう植物が吸収できる限界を超えているから、これからは大気中の二酸化炭素濃度は一方的に上がり続ける」という議論に対する反証となっています。

 

この方針転換の重要さを示しているのが、自分の学術研究の全成果は二酸化炭素濃度の上昇がいかに有害かを論証することにあったというような人たちが、さっそく「じつは大気温が4℃上がるよりも2℃上がるほうが怖い」といった即製論文をでっち上げているところにも表れています。

 

地球上のあらゆる場所を隅から隅まで調べ上げていけば、そういう場所もあるかもしれません。ただ、その特異な場所で4℃の大気温上昇より2℃の大気温上昇のほうが被害は大きいことを論証できたとしても、それが地球全体にとって被害が大きいことの証明にはなりません。

 

むしろ、このやり口はCherry Pickingと言って、自分の主張にとって都合のいいところだけのデータを切り取って見せる、科学者としての資質が疑われるこじつけに過ぎません。

  • ● 温暖化も二酸化炭素排出も怖がらず、ひたすら効率よくエネルギー資源を使う努力が実を結んでいる

 

こうしたドタバタ騒ぎを見るにつけても、ほとんど温暖化対策を講じてこなかった日本が、なるべく効率よくエネルギーを使うことに専念した結果、2012~22年の10年間で3割近くも石油消費量の節約に成功していたという事実は、燦然と輝いています。図表11がその実績を図示したグラフです。


  •  

この10年間は西欧諸国だけでなく、アメリカでもかなり真剣に二酸化炭素排出量を減らそうと努力してきた時期ですが、成果としては10年間に石油消費量を8.9%増にとどめることができた程度にとどまりました。

 

日本もお付き合い程度にEVに補助金を出したりしましたが、あまり本気で二酸化炭素排出量を減らす努力はしてきませんでした。それでも、同じ10年間に28.6%も石油消費量を減らしていたのです。

 

しかも、2011年の東日本大震災の際、福島原発で深刻な事故が起きたため、2013年以降約10年間日本の原子力発電はほぼ全面的に停止されていました。

 

そして、天然ガスは割高な液化天然ガス(LNG)として輸入するしかないので、原子力発電の空白を埋めるには石油と石炭に頼るしかなかったという状況で、これだけ石油消費量を節減できていたのです。

 

この点については「日本経済が延々と低成長を続けていたからできたのであって、自慢にはならない」というご意見もあるかと思います。

 

しかし、まったくのゼロ成長であったとしてもそのために必要なエネルギー資源を3割近く節約できたことは、貴重な資源を効率よく使えていたという点で大きな成果です。

 

さらに、ほぼゼロに近い低成長に見えるのは日本政府・日銀がやっきになって円安誘導をして、米ドル換算での成長率が異常に低くなっていたからであって、日本国内での経済活動がほとんどゼロ成長と言うほど沈滞していたわけではありません。

 

日本のエネルギー需要がいかに経済規模に比べて少なく済んでいるかをあらためて実証したのが、元々資源国以外では例外的に低かったガソリン代が、ホルムズ海峡封鎖に伴う値上がり率も小さいという事実です。

 

そのへんの事情を、図表12でご確認ください。



ご覧のとおり、日本のガソリン代はイラン戦争勃発前から資源国の中でも比較的低いほうにとどまっていましたし、ホルムズ海峡の航行が極端に制限された時点での値上がり幅も資源国並みに小さかったのです。

 

日本のガソリン代がこれほど安くとどまっている最大の理由は、前号でもお伝えした現代に至るまで世界最大のインフラ投資であり続けている鉄道網の果たす役割が、欧米諸国と日本ではまったく違うことでしょう。

 

欧米では日常の通勤・通学などに使える旅客鉄道としての役割をほぼ完全に捨ててしまったのに対して、日本では大都市圏や地方中核都市で旅客鉄道が今も日常生活の足として機能しています。

 

したがって、日本の大都市圏や地地方中核都市ではではふだんクルマで通勤している人も、ガソリン代が高くなれば電車通勤に切り替えることができます。

 

欧米では、かなり大きな都市でも、地下鉄のネットワークがきちんと機能している場所以外ではほぼ不可能です。


  • ● 資源国なのにガソリン代が高いアングロサクソン諸国の不思議

 

図表12でもうひとつ目立つ事実があります。それはノルウェーと北海油田を共有しているイギリス本国も含めて、アメリカ、カナダ、そしてとくにオーストラリアと、旧大英帝国植民地諸国は軒並み資源国なのに、元々ガソリン代があまり安くなかったし、ホルムズ海峡通過がむずかしくなってからの値上がり率も高いという事実です。

 

これは資源国の優位を自分から捨てたがっているようなEV奨励のための補助金や炭素税などによって、わざわざ安くて済むはずのガソリン代を高くしていることを示しています。

 

中でも滑稽なのが、図表13でお読みいただけるようにオーストラリアの経済金融専門紙『フィナンシャル・レビュー』が、「再生可能エネルギー」発電の普及によって電力料金が安くなったという論説を堂々と掲げていることです。



この論説の間違いをいちいち指摘していったら大変な行数になってしまうので、あまり突っこみませんが、重要なポイントとしてオーストラリアはエネルギー資源全体の自給率は約300%に達する資源リッチな国だということは指摘しておきます。

 

つまり国内で消費する分の2倍を世界各国に輸出しているのです。ところが、原油だけはあまり産出しないので、ガソリンなどの石油精製品はほぼ80%をアジア諸国からの輸入に頼っています。

 

つまり、経済合理性だけで考えるなら、エンジン車はいつまでもガソリンに頼らずに天然ガスを使うエンジン車にすれば、輸入ガソリンに比べてはるかに安上がりなはずです。

 

国内の自動車産業はとっくの昔に壊滅していると言っても、輸入車をガソリン仕様から天然ガス仕様に変えてもらって輸入することはできます。

 

ところが、オーストラリアの政治家たちは、ほとんど全党一致で地球温暖化の危機を回避するための化石燃料廃絶派ばかりで、むしろガソリンを高く輸入しなければならないことを口実にして、火力発電の電力料金も高く設定し、それに比べれば「再生可能エネルギー」発電で電力料金も安くなったと喜んでいるわけです。

 

本家筋のイギリスでも、同じように不可解な理由でもっと安くできる電力料金についていろいろ策を弄して割高に保っています。

 

図表14は、まず上段からご覧ください。



イギリスの電力料金というと、2022年末から翌年初頭にかけて一般世帯の負担が2年前に比べて4倍になってしまったことで悪名をとどろかせました。それと似たような値上げが、今度は5年の歳月をかけてじわじわと進行しそうです。

 

それにしても驚くのは、官民のあいだで補助金というと、たいていは政府が推進している政策を受け入れる民間企業や個人世帯に分け与えるカネを指すものですが、イギリスでは下段のグラフでご覧のとおり真逆になっていることです。

 

イギリスの温暖化対策に関するかぎり、補助金とは二酸化炭素排出量を増加させないという害はあっても益のない政策を推進してくださる政府に、民間企業や個人世帯が差し上げるものになってしまったのです。

 

過去約300年間にわたってイギリスからアメリカへと身内のあいだで世界覇権を譲り渡してきたアングロサクソン文明発祥の国が、利権帝国化したアメリカがどうにも逃げ場のない袋小路に突き進んでしまったのに自国だけ平穏無事では付き合いが悪すぎると思って、わざわざ自滅の道を選んだとしか思えません。

 

  • ● 中国のエネルギー構成大転換は自主性皆無の欧米追随

 

中国もまた、近年「再生可能エネルギー」発電のキャパシティを大増設しています。図表15は右側のグラフからご覧ください。



2025年1年間だけでほぼドイツ1国の全発電キャパシティ分の発電所を新設して、しかもそのうち97%が太陽光と風力だというのですから、確かに大転換と言えるでしょう。ただ、この事実について世界各国の受け止め方はさまざまです。

 

「ようやく世界経済に占める自国の地位にふさわしい責任ある態度で地球温暖化の危機に備えている」とべた褒めする向きもあれば、「中国は相変わらず採算とかエネルギー効率を無視した過剰投資に突っ走っている」と批判する向きもあります。

 

しかし、左側のグラフもご覧ください。中国の石炭生産量も2位のインドに5倍近い差を付けて、ダントツの首位なのです。しかも、図表16の左側を見ると、その大量の国内産石炭を全部使っても足りないほど、石炭火力発電も高止まりしているのです。



さらに、再生可能エネルギー発電のシェアはキャパシティの拡大とはかけ離れた低水準にとどまっていることが、図表16の右側グラフで分かります。こんなに稼働率の悪い発電施設を本気で大増設しているのでしょうか。

 

石炭火力発電量も相変わらず高水準を維持していることから、再生可能エネルギー源への転換は見せかけだけで、じつはエネルギー効率がはるかに高い石炭火力中心の構成を変えずに欧米各国を出し抜こうとしているという見方もあります。

 

そこまで深読みするのは習近平を買いかぶってしまうことになるでしょう。彼は派閥抗争を生き抜くこと以外はほぼどんな分野についても、まったく無知蒙昧です。

 

その証拠が、彼の重点施策温暖化対策としての「再生可能エネルギー」発電自動車のエンジン(内燃機関)車からEVへの転換、そして生成AIを実装した巨大データセンターの建設競争と、欧米で最先端を行っていると思ったことを忠実に真似るだけという事実です。

 

「再生可能エネルギー」発電の稼働率の低さにいちばん驚き、がっかりしているのは習近平でしょう。

 

ただ、2014年にこれまた欧米での電力民営化を真似て、発電所新設の許可権限を中央政府から地方(省・特別市)政府に移管したとき、石炭火力発電所の大増設競争が起きて、その後ほぼ一貫して石炭火力発電所は稼働率50%前後で運営されています。

 

だから、「再生可能エネルギー」発電キャパシティの増加で満たせない電力需要はあり余っている石炭火力の余剰キャパシティを動員して十分満たせるので、今までのところボロが出なかったというだけのことです。

 

ただ、石炭火力は「再生可能エネルギー」よりはるかに効率がいいので助かっていますが、自動車産業全体のEVへの転換は、明らかにエネルギー効率を悪化させる変革ですから、もうあちこちでボロが出はじめています。

 

  • ● 「二酸化炭素排出量抑制」が無意味ならEV市場も風前のともし火

 

EVは、走行中に二酸化炭素を排出しないということがメリットにならないなら、そもそも市場を形成する価値のないタイプの自動車です。


ひとりの人間を運ぶのに1トンから1トン半のどんがらを引きずり回すエンジン車のエネルギー効率が電車に比べて悪すぎるのに、EVはさらに重くて1トン半から2トンです。

 

単に重さを運ぶためのエネルギーが余計に必要なだけではなく、道路、橋梁、トンネルなどの交通インフラすべての耐用年数が短くなります

 

また、充電にはガソリンの補充よりずっと長い時間がかかるだけではなく、待ち時間に止めておく広いスペースも必要になります。

 

さらに、EVが利用する充電所全部を高速充電に必要な高い電圧の送電線網でつながなければなりません。これだけでも現在確認されている銅鉱山の可採埋蔵量を超える量の銅線が必要になるかもしれません。

 

タンクローリーが通れる道路際ならどこにガソリンスタンドを建てても、大した付帯設備は必要ないのとは大違いです。

 

こうした予備知識をご確認の上、図表17上段の世界EV新車売上台数グラフをご覧ください。



このグラフでは、2025年の売上台数は2200台と予想していたのですが、実際の速報値は2070万台とかろうじて2000万台を超えるにとどまりました。

 

実績が予想より低くなったことの利点は、この調子なら2030年になってもEV搭載電池用の金属需要は下段で見るほど大きく供給量を上回ることはなさそうだということです。


一方、EV普及が遅れていることの問題点は、自動車交通量の多い道路網を完璧に覆うような高圧送電網を構築して充電所を世界中の配置することのコストは、とうてい引き合そうもないことです。

 

そして図表18の上段を見ると、火力発電と「再生可能エネルギー発電」のあいだにも自動車のエンジン車とEVの場合と同様、必要とする金属の量で大きな差があることが分かります。


下段で気になるのはEVには1台当たり10キロ強のコバルトを必要とすることです。コバルトは採掘作業自体に放射能汚染の危険がつきまとい、主産地のコンゴ民主共和国では、大人は怖がってやらないので幼児から少年少女に採掘させている物質で、いかなる用途であれ利用を禁止すべきだと思います。

 


図表19の上段は、新車販売総数に対するEV新車の比率が2020~25年の5年間で特徴的な変化を示した国々のグラフです。それぞれの国で下の数字が2020年のシェア上の数字が2025年のシェアです。なお、2025年でもEVシェアが10%に足していない国は除外してあります。



世界一クルマ社会化が進んでいるアメリカのEVシェアは、ぎりぎり10%に滑りこんだことが分かります。一方、日本はわずか3%でこのグラフには登場しません。

 

クルマがないとほんとうに日常生活に支障を来たすアメリカでも、大都市圏や地方中核都市に住んでいればクルマは要らない日本でも、EV化が遅々として進まないのは、象徴的な事実だと思います。

 

クルマに絶対的な信頼性を要求するアメリカでは、日本製のエンジン車がいちばん中古になったときの値持ちがいいし、外見では消耗度が分からない電池の寿命が来ると新車価格の電池交換に6~7割を要するEVは問題外でしょう。

 

そもそもクルマなしでも生きていくのに不便はない場所で生活している人も、ちょっとした衝撃でも爆発炎上する危険がつきまとうEVのように厄介なクルマをわざわざ選ぶ人は少ないでしょう。

 

下段ではアジア太平洋地域で2026年第1四半期の前年同月比がどうだったかを示すグラフですが、おそらくこれまでまったくダメだった日本でもやっと普及に弾みがついたというところを見せたかったのでしょう。

 

しかし、元々3%だったものが40%伸びても4.2%になっただけですから、相変わらず日本はEVにとって不毛の地であり続けていると見るべきでしょう。

 

二酸化炭素の排出量を抑制すること自体、植物の生育を妨害することはあっても、何ひとつメリットがないことが分かってくるにつれてEV市場全体も縮小するでしょう。

 

  • ● 「再生可能エネルギー」は更生不可能に近い粗大ゴミ遺産を遺す

 

あらゆる「再生可能エネルギー」発電は、他の発電法に対して著しくエネルギー効率が劣るだけではありません。

 

広大な敷地を埋め尽くした太陽光発電パネルや風力発電機の羽根は、なんとか貴重な物質だけでもより分けてリサイクル利用しようとする人もなく、凄まじい規模の粗大ゴミと化します。

 

しかし、こんなに分かりきった事実についても、なんとか理屈をこねて、それほど悪いことではないと言い逃れようとする人たちがいます。図表20のグラフはその典型です。



太陽光発電パネルは植物にとっても人間にとっても有害な物質を数多く含み、分別して再利用する価値のありそうな物質だけ取り出すことも不可能に近い、始末に困る粗大ゴミです。

 

それに比べて石炭火力発電所から出る石炭灰は、良質な土壌改良材として再利用されています。こんなに質の違うものを量だけ比べて「こっちは量がはるかに少ないから、こっちのほうがマシだ」などと主張するのは、詐欺に近い論法です。

 

結局のところ、地球温暖化=二酸化炭素元凶説も、「再生可能エネルギー」発電も、EVも、AIも、クルマ社会化した頃からエネルギー効率を無視した政治・経済・社会へと傾斜していった西欧=北米文明の最後の悪あがきなのでしょう。


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