… … …(記事全文4,482文字)1985年9月の「プラザ合意」から40年近く経った。米国の政権はトランプ2.0が発足し、世界に向かって高関税砲を乱発する。この二つの大きな歴史的大事件には共通点がある。一つは、米国が世界経済システムを巻き直して、米国覇権を更新することだ。二つ目は、米国覇権に対する挑戦国をたたきつぶすことだ。日本の没落の引き金はまさしく、1985年9月22日、ニューヨーク・プラザホテルの日米欧5カ国(G5)蔵相会議から始まった。
プラザ合意のターゲットにされた日本は90年代にデフレの泥沼にはまり込み、いまだに抜けられない。対照的に、米国は日本を踏み台にドル覇権を確立し、中国は日本に代わって製造業超大国になった。今回のトランプ高関税の最大の標的は無論、その中国だが、中国は何とか持ちこたえられても、弱体化したままの日本はその巨大な余波で沈没しかねない。
ところが、日本メディアはあたかもそれが日本の国際的地位を高めた、「国際協調:」がいかに素晴らしいかのようにプラザ合意40周年を肯定する特集記事を書き続けている。そして、当時プラザ合意の裏方で唯一の「生き証人」であり、国際協調論者の行天豊雄元財務官(プラザ合意当時は国際金融局長)の回顧談を載せている。「無謬主義」の元官僚は自己の成せる技がいかに災いをもたらしたかを語るはずはない。
そこでジャーナリストとしてプラザ合意の現場にも立ち合った拙論が、合意の真相と、それがいかに日本経済を破壊し、かつ、トランプ関税のような米国の専横主義へとつながっているか、その底流とは何かを3回に分けて述べてみる。
