… … …(記事全文2,411文字)元号が昭和から平成に代わったのが1989年。それはすでに始まっていた不動産と株式の資産バブルのピークに向かう年でも会った。筆者がワシントン特派員を終え、東京に帰任したのは1988年3月。地価高騰には驚き、新聞記者の給料ではとてもマイホームは無理で、4年間住んで慣れた米国で広い家を買えたはずなのにとほぞをかんだ。
古いなじみの銀座のバーに顔を出すと、古手のママさんが「こんな繁栄、いずれ吹き飛ぶわよ」と、仲間内の秘話を打ち明けた。「あるお客は足下が暗いと言って、万円札にライターで火をつけて床に落としたモノを探した」という具合である。日銀の某幹部に通りでばったり会い、地価高騰はひどいね、と言ったら、「安心してください。これからガンガン金融引締めを始めるから」とやる気満々という風情だった。
バブル生成の元凶は日銀の過度な金融緩和を長引かせたことだと、いうのが通説だが、なぜ超金融緩和が長引いたのか。それは米国の政治と金融の事情をみないとわからない。
