… … …(記事全文19,861文字)現在のアメリカ社会を見ていると、当たり前の常識と思っていたことが当たり前に通用する世界ではなくなっているような気がします。
そして、この違和感の根っこを探っていくと、ふつうの人たちが法律や規則を守りながら自分にとって最善と思えることをしていれば自然にたどり着くべき安定した経済の姿をアメリカ経済が示していないという事実に思い当たります。
ふつうの人たちが最善と思うことをしていると自然に落ち着くべき姿のことを、経済学では一般均衡と言っています。
消費者は限られた予算で最大の満足を得られるようにモノとサービスを選び、生産者は同じコストをかけて造ったモノや提供するサービスから少しでも大きな売上を得ようと努力するとき、あらゆるモノやサービスの需要と供給が一致する量と価格が決まり、その組み合わせが社会全体にとって最大の効用をもたらすというのが、一般均衡の考え方です。
経済学者たちは「一般均衡には、戦争や自然災害や画期的な技術革新などの異変がない限り持続性が高いし、異変が起きたときにもその異変を吸収した新しい一般均衡へと復元する力が強い。したがって、一般均衡こそ経済が本来持ち合わせている標準的な姿だ」と思いこんでいるように見えます。
しかし、一般均衡の頑健さ(robustness)を支えているのは、案外もろい社会的枠組みなのです。
社会全体が「市場参加者たちは正直にふるまう。法律や制度を変えることのできる議員たちにカネを差し出して自分たちに有利な法律・制度をつくらせたり、自分たちに不利な法律・制度を廃止させたりすることはできない」といった最低限の制約を守っているときだけ、一般均衡には持続性も復元性も期待できるのです。
残念ながら、アメリカは1946年にロビイング規制法という名の贈収賄奨励法が発効した瞬間から、この最低限の制約を守らなくてもいい社会になってしまいました。
このとてつもなく大きな制度上の変革がアメリカをどう変えたのかを、前後編2回にわたって探求していきたいと思います。
● アメリカは信頼が自己崩壊過程に入った国
まず、図表1でふたつの世論調査結果をご覧ください。
上段は「米国の政府では腐敗が蔓延していますか」という質問への「はい」回答の比率です。アメリカで政府と言うと、連邦政府のことだけではなく、州政府のことも指しますが、連邦・州を通じて「政府が腐敗している」という認識は2006年の60%弱から、今年の89%まで上がり続けてきました。
国民の9割に限りなく近い数の人たちが「自国の政治は腐敗を極めている」と感じているのですから、これはもう落第国家(failed state)になってしまったと考えていいでしょう。
下段は、もともとの質問は5つの選択肢で聞いているのですが、今を時めくハイテク超大手各社に対する信頼感を尋ねる質問への回答を3つにまとめたグラフです。
2020年からという短い期間での回答の変遷ですが、2020年と2024年という大統領選挙の年ごとに「少ししか/まったく信頼していない」という回答が階段を昇るように増えていることに気づきます。
その結果、2020年には24%と4分の1を若干割りこむ数字だった否定的な見方が、最新の世論調査では41%と4割を超えてきました。大統領選のたびにハイテク超大手の社主やCEOが巨額の資金で応援した候補が当選し、当選した大統領からしっかり見返りをもらい受けている構図が、国民の多くに理解されてきたのでしょう。
図表2は、さまざまな専門的職能に携わる人たちの倫理観を国民はどう見ているかを示したグラフです。
ロビイストとは、大富豪、大企業、有力産業・職能団体から莫大な資金を預かって政治家に届けて自分でも高額報酬を得ている人たちです。一目瞭然と言うべきでしょうが、ここに取り上げられた23の専門職に従事する人たちの中で「低い/非常に低い」が68%と最低の倫理観を持っていると評価されています。
一見、「低い/非常に低い」が同じ68%の連邦議会議員も最低評価に見えますが、「倫理観が高い/非常に高い」は8%と、おそらく3%にとどまっていたロビイストの倍以上だったので、倫理観の低さでは2位となります。
倫理観の低さで3位は「低い/非常に低い」が55%のテレビレポーター、4位には50%の広告宣伝業者、5位が47%の自動車セールスマン、そして6位に45%の新聞記者がランクインしています。7位は「低い/非常に低い」が43%の企業重役、8位が42%の州政府官僚と続きます。
9位で34%の介護施設職員、10位で33%の弁護士、11位で32%の自治体職員、そして12位で31%の銀行員となると「低い/非常に低い」評価が30%台前半まで下がります。
このへんになると、回答者の約3分の1が低い評価になっているだけなので、あまり深刻な問題ではないという見方もできます。ただその中で弁護士の「高い/非常に高い」評価は9~12位グループの中で唯一、20%を割りこむ17%となっています。
新聞記者と弁護士といえば、かつては弱者の味方として大企業、大富豪、有力圧力団体をとっちめる、アメリカンデモクラシーを支えるヒーローのように言われていた職能です。
この人たちの評価がここまで下がったことにも、ロビイストや連邦議会議員のような分かりきった悪役の評価が地を這うほど低いことと同じくらい深刻な問題が露呈しているのではないでしょうか。


