… … …(記事全文17,496文字)前号ではアメリカの経営者は、自分たちが雇っている労働者はなるべく愚鈍で支持されたことだけしかできない程度の知的能力であって欲しいと願っているのではないかという疑問を提起しておきました。そのへんを接ぎ穂にして話を勧めましょう。
アメリカの人口が堰を切ったように南部のいわゆるサンベルト地帯になだれこんでいることについては、大企業本社のニューヨークやシカゴから南部への移転とともに、もうひとつ重要な要因があります。
それは、アメリカ100大都市圏(アメリカの場合、クルマ社会という事情もあって元々極度に人口が地方に分散していて、100大都市圏といっても下から7割ぐらいは、日本で言えば地方中小都市サイズなのですが)の中で比べると、一見家を持ち子どもを育てるのに適した住宅価格の安い地域が多いことです。
じつは、そこに大きな落とし穴があるのです。
- ● 一見住宅費+子育て費が割安な地方都市にご用心
まず図表1をご覧ください。なぜ住宅費と共に子育て費が年間経費として比較検討の対象になっているのか、不思議に思われる方もいらっしゃるかもしれません。
日本でも2016年に、ある匿名ブログで「保育園落ちた。日本死ね!」という投稿があって、共働きの夫婦やシングルマザーとして子育てをしている女性にとって比較的低い負担で面倒を見てくれる施設に就学年齢直前の子どもを預けられることがいかに重要か、鮮烈な訴えかけとなりました。
しかし、アメリカで小さな子どもを持ちながら共働きをしている夫婦や、シングルマザー、シングルファーザーとして働きながら子育てをしている人たちにとって、子育ての費用は日本とは比較にならないほど深刻です。
と言うのも、アメリカのほとんどの州や市では、大人がひとりもいない状態の家に就学年齢前の子どもだけを残して出かけてしまうことは、保護責任の放棄としてかなり重い処罰の対象となるからです。
ですから、かなりひなびた農村地帯などは別かもしれませんが、幼年期の子どもを残して仕事に出かける人たちにとって信頼のおける身元のべビーシッターを雇う費用は、任意の支出ではなく必要経費なのです。
そうした背景を理解した上でこの表を見ると、完全に在宅で比較的高めの収入が稼げる人や、一応オフィスに通う必要はあるけれども、もっと所得中央値の高い都市で稼いでいた高めの収入を中小都市のオフィスでも維持できそうな人にとって、トップ10都市圏のうち8~10位の3都市圏、そしてボトム10都市圏はとても魅力的に見えます。
割安で家も持て、子育て費も住宅費がべら棒に高いトップ7大都市圏に比べればやや低めで済みそうだからです。
で、図表2の地図グラフを見ると、北米大陸地続き48州の中でも、サンベルト地帯と錆びついた地域(ラストベルト)と呼ばれて寂れきった中西部には緑信号の点った住宅費+子育て費がお安く済む都市圏があちこちに存在することが分かります。
一方、ニューヨーク周辺、カリフォルニア州のロサンゼルス・サンフランシスコ間、そしてフロリダ州南端に住もうとすれば、ふつうの年収では絶対持ち家は無理という極端な差があります。
そこで、ほんものの大都市圏で、まあまあ地方都市に行けばかなり高額所得となる稼ぎのある人が、住宅費+子育て費の安い地方都市に移住して家を買って子育てをするとどんなことが起きるでしょうか。
就学年齢に達してから地元の学校に通う子どもの教育水準が極端に低くなってしまうのです。日本では公立小中学校にも全国一律で、最低限この程度は教えなければいけないというカリキュラムの基準があります。
ところが、アメリカでは教育はほぼ完全に州ごとの独立採算制で、貧しい州には地方交付税の配分を増やして公教育の質を平準化するといった配慮は皆無と言ってもいいほどです。州によっては、同じ州の中でも郡ごとの独立採算制で、豊かな郡と貧しい郡では教育水準がまったく違うことも珍しくありません。
そういった州や郡では、世帯所得は上のほうでも子どもを公立小中学校に通わせているかぎり、受けられる教育の質はほんとうに貧弱になってしまいます。そこで、州を超えて全寮制の私立小中学校に入れようとすると、ニューヨークやロサンゼルスで家を買うのと似たような年間支出が必要になるのです。
こうした事情を見るにつけても、アメリカの為政者や富裕層は、豊かな州で生まれ育った子どもは自分も豊かになりやすく、貧しい州で生まれ育った子どもは自分も貧しいままでいるしかないという状態を意図的に保とうとしていると考えざるを得ません。


