… … …(記事全文2,216文字)先のサッカー・ワールドカップでの敗者に関するお定まりの戦評に限らない。どの組織体でも個人でも「失敗の教訓」が問われるのだが、実際に生かされることはまれである。不肖、我が身も何度も痛い目にあっても愚行を繰り返すのだからそのわけだけはわかる。長年の間に染みついた慣行、うまく行くと思い込んだ行動原則、考え方を捨てられない。それでも個人なら失敗は自業自得で済む。
政府という国家組織となると、ことは重大だ。失敗から学ばないと国家と国民の命運を狂わせてしまう。しかも、政府を取り巻くオールドメディアという旧来のサポーターが失敗を認めないと、厄介なことこのうえない。



